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巨人と玩具

おおぶね

4.0

巨人とバズーカ

 安倍内閣が電通の宣伝戦略を利用しているというのはよく聞く話だ。  前回で懲りた安倍晋三は細かな露出の仕方を教わっているのだ。  麻生副総理は「ナチスの手口を学んだらどうかね」発言を撤回したが、本音であることは明白だ。  ナチスは「プロパガンダの天才」ゲッペルスをうまく利用した。  レニ・リーフェンシュタールに罪があるかどうかは分からないが、映画もオリンピックも利用されたことは周知の事実だ。  安倍も東京五輪という、誰も必要としていなかったイベントをいつの間にか国家事業にしてしまい、権力の道具に使っている。  予算がオーバーしているのもテロ対策などで増えたのだという。  しかし、外国で尊敬されていた日本人をテロの対象にした張本人は安倍だ。  日本会議で練られた戦略を実現化しているのが広告業界なのだ。    この映画は広告宣伝と小娘を対比させて、バカバカしい未来を描いている。  「英和と和英ってどう違うの?」というジャリタレ(野添ひとみ)が主人公だ。  半世紀以上も後ににっちもさっちも行かなくなっているのが、現代社会だ。  ベッキーもその犠牲者の一人である。  ベッキーなければ夜も開けないという番組をいっぱい作っておきながら、明朗清純イメージがなくなるとゴミのように捨ててしまう。  僕らは消費者だが、品物だけでなく、タレントまでも消費している。  不要になったら、別の商品を見つければいいだけだ。  既に成熟商品になっていたキャラメルを取り上げているところが、開高健らしい。  子ども(日本会議筋では「子供」と書かなければならない)騙しのプレゼント攻勢で、大人たちが翻弄される。  開高健は壽屋宣伝部に中途採用され、PR誌『洋酒天国』の編集やトリスウイスキーの「人間らしくやりたいナ」などを手がけている。  つまり、その頃から「人間らしく」生きることが難しくなっていたのだ。    これはたかだかキャラメルの話だ。  しかし、「改憲」という言葉を一言もいわず、勝利したら虎視眈々と狙うというのは見事な広告戦略だ。  アベノミクスは「道半ば」だといった。  日本人は結果よりも努力なんて簡単にいうから、「道半ば」といわれるとそんなに努力しているのに報われないなんて、と考えてしまう。  10兆円の経済対策を行うというが、それは孫のクレジットカードを偽造して使っているようなものだ。  日銀も異次元とかバズーカとまで言っていた金融緩和が「道半ば」なのである。  改憲が目標で、その手段として経済対策をしているにすぎない。  そして、太平洋戦争がそうであったように、誰も責任を取らない。

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