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彼岸花 (1958)

監督
小津安二郎
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3.95 / 評価:97件

彼岸花の意味

  • mitubajusiro さん
  • 2017年7月21日 14時45分
  • 役立ち度 2
    • 総合評価
    • ★★★★★

小津映画はどれも似かよっているので、記憶の中で題名と内容が符合しない。
これとて題名がなぜ「彼岸花」なのか、わからない。

役者の身のこなし、言葉遣いが演技とは思えない自然さにみちていて、戦後少したった時代の日常を今に伝えてくれる。小津映画の世界に入り込んでしまうと、題名のことはどうでもよくなる。そして最後は「彼岸花」というのがなんとなく伝わってくる。

登場する「父親」たちは、いずれも復興なった戦後において、旧制中学のクラス会に参加できるような「地位」を保った人物ばかりだ。主人公の佐分利信も会社の重役である。
兵学校から戦時中は艦長となった同窓生、事業を成功させた実業家らが一同に会してはわが子の話題でこぼしあう。戦時の苦労も忘れた平和な悩み事である。

そうした恵まれた階層の娘の嫁入り話であるところが製作年代(昭和33年)からして当時の「戦後左翼」文化論からは批判の対象となったのではないか、と思ったりする。
その思潮をものともせずにこのような映画を生む。状況を受け入れ、それを観察する。その冷静な眼と揺らぎのない文化伝統への自信にみちた作家が存在している。

映画製作60年後の現在、この映像からわれわれが受け取るのは、時代の流れ、時間の流れがもたらす普遍的な「無常」の世界である。「彼岸」とは、戦前戦中の世代が、そのような世界に足を踏み入れた世界のことなのかもしれない。
同窓生の歌った「楠正行、桜井の別れ」を口ずさみながら、娘夫婦のいる戦後の「此岸」世界へのかりそめの旅に向かう列車の姿が物淋しい。

田中絹代の、かいがいしくもりりしい姿は、かつての日本女性の典型的な所作として永遠に残るものだろう。

絵画的なカラー映像が素晴らしい。場面転換に用いられるビルなどの都市や自然の写真的な画像の美しさも見逃せない。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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