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影なき声

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3.0

松本清張は永遠でも役者はそうじゃない

今年、松本清張の生誕百年だとか。 てなわけで、原作も再び注目され、相変わらず困った時には清張か山村美紗かってぐらいに盛んにTVドラマにもなる素材。ま、それだけ彼の小説は人々の心をくすぐるのだな・・・といいながら、個人的にはそんなに読んでなかったりする(笑)。今更映画でネタを知っているのに改めて読むこともなかろう、それが私の映画原作に対する姿勢。確かに小説の行間と映画には天と地ぐらいの差があるのだが、今から全部読もうとしたら時間がいくらあっても足りない!そもそも生誕百年にかこつけて在庫一掃しようとする商売にはいっさい乗りませんよ、私は!(笑) てなわけで当然、巷のドラマなんざ見る気もしないのだが、何故か清張映画はそーとー見ているんだなあ(笑)。その代表作といえば「砂の器」「張込み」など名作揃いなのだが中には今では全然知られていないものも多数存在する。この「影なき声」もそんな一本。日活のプログラムピクチャーの一本で監督が鈴木清順、とくればカルトなイメージも沸くものだが、そこは実にオーソドックスなサスペンスもの。 殺人の現場に間違えて電話をしたために犯人の声を聞いてしまったオペレーターの女性が数年後、結婚して失業した夫のもとにやってきた数人の男の中にその時の「声」を聞いてしまう。その事を知り合いの新聞記者に相談しようとするが、その男が殺され容疑が夫にかかってしまい・・・冒頭の始まり方から見れば、実に面白い映画になると期待させながら、後半は妙に尻つぼみ、夫の無実を晴らそうとする話になってしまうので格調ある清張映画を期待した人にはそーとー受けが悪いのだが(笑)、個人的にはそんな事には目をつむりたい。今、この映画を輝かせている二人の役者の話をしたいからだ。 南田洋子。 二谷英明。 日活の黄金期を支えた二人の偉大な名優である。 だがこの二人の現在は、生誕百年、なんて輝かしい冠をつけて語られる原作者とは違う、まさに銀幕の姿とは程遠い《現実》の中に生きている。そのなんと悲惨な事か。 二人とも痴呆、という病に苦しんでいる。 南田洋子の闘病記などはドキュメンタリーを通してお茶の間に出ているので、その悲惨さを目にして涙ぐむ人も多いだろうが、二谷英明に関しては一切語られる事はない。 スクリーンの中であれだけ強烈な魅力を発揮していた俳優達。映画はそんな彼らを永遠にフィルムに焼き付ける。 だが彼らの《現実》は当然、時代とともに褪せていく。 この映画の魅力的な南田洋子、そしてタフな記者を演じる二谷英明を見るにつけ、今との落差に胸が痛む。人が通らねばならない道であるとは承知しながら、なんだろう、この原作者との間にある乖離みたいなものは。 多分、今の若い人は読まなくても松本清張の名は知っているだろう。 だが二人の名優の名前は年月とともに忘れられていく。あの時代をすごしたファンと、映画が大好きだからこそ刻み付ける現在のファン以外、彼らの輝かしい記憶はとどめられない。そう思うと、この原題「影なき声」の意味が何やら曰くめいて感じてしまうのだ。 ちなみにこの映画で殺される悪党役の宍戸錠は二人と比べていまだ健在(笑)。それだけはまだ救われるんだけどね。でもエースのジョーにもそれはやってくるのだ・・・ なんか辛気臭くなっちまったい(笑) こーいう映画も私みたいな映画オタク(?)がこーしてレビューを書かないと永遠に知られない立場にある。カルト、と言われればそうであるが、元々はプログラムピクチャー、多くの人が「知っていて」当然の世界だった。だからこそ、これからもその魅力を伝えていかなければ、とつい清張生誕百年にかこつけて書いてしまいました(爆) 洋子さん、お大事に。一ファンとして応援してますからね!(長門さんもお元気で!) 二谷さんもお体を大事に。ファンは復帰を待ってますよ。

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