青春残酷物語
3.6

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作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(15件)


  • たーちゃん

    1.0

    ネタバレ松竹ヌーベルバーグ

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • とみいじょん

    1.0

    自業自得。気持ちの良い映画ではない。

    時代なのか。監督ならではなのか。 予告では「怒り」をたたきつけたというが…。 これが?怒りじゃなくて、幼児性の間違い? 予告に騙された気分。 自己中な論理展開に終始する。 公開当時は興行的にも大成功だったらしいが、私には共感もカタルシスもない。 粗筋だけを追えば、はすっぱな若いカップルの顛末。  『勝手にしやがれ』や『大人は判ってくれない』等に刺激されたとWiki(日本ヌーヴェルヴァーグ)で読んだが、『死刑台のエレベーター』の若いカップルにも似て、真琴を見ていて『飾りじゃないのよ涙は(陽水氏)』が頭の中によぎってしまった。  当時の松竹としては、革新的な題材・筋で、予告でも「日本のヌーベルヴァーグ」と煽っているが…。 とにかく、サディスティック。  木場の場面は、はっきりいってリンチ。こんな男に”操(死語?)”を捧げ尽くさなければいけないと自分を追い込む真琴が哀れ。ヴァージンを失ったら、商品価値を失ったように扱われた名残…。  刑事に本性を喝破されるが、清は相手を傷つけたいだけのように見える。同級生が学費の工面ができたと知るや、足を引っ張る。「人は物のように扱われるしかないんだ」と偉そうに吐き捨てるが、そういう清自身が、夫人を財布としてしか思っていない。学歴が、頭の良さや精神発達の度合いと比例していない典型。自分のことしか見えていない。  他にも、これでもかと人の醜悪な面:エゴイズム・自己中心性だけを、突き付けてくる。  自分の欲で、清を縛り付ける夫人。支配欲・所有欲・優越感。  時代のせいにして、必要最低限の躾すらせずに逃げる父親。  わかったふりする教師。こちらも責任を負わない。  「社会を変えたかった」という姉は、結局自分の気持ち・利害のみ。  秋本も、『赤ひげ』のような清濁併せ持つ人物として描くこともできたのに、”敗北者”としてしか描かない。社会や若い世代に対して、責任があるようなセリフが続くが、彼にどんな責任が取れるというのだろう? 実際に医療行為以外には責任を取っていない。リアルな中二病。自分たちがすべてを変えられると思っていた世代。 「敗北」という言葉が何度も出てくるが、監督の人生には勝ち負けしかないのだろうか?そして、すべてに対して否定しかない。代替案なしに(「布団にもぐって泣くんだよ」は唯一の代替案だけれど…)。 DV・共依存と同じ関係性。胸糞悪くなってくる。  それでも、守りたいものができたとき、人の内面は変わることができるのか。守る力がないと嘆く清。真琴が求めているのは”優しさ=人として大切に扱われること”なのに。すれ違う二人…。そして…。  最終的に、若い二人の責任の取らされ方。自業自得とはいえ…。  学生運動団体の委員長で左翼・新左翼系の活動家(by Wiki:日本ヌーヴェルヴァーグ)だった監督。自分のそれまでの活動を、総括した作品なのだろうか。俺たちがやってきたことは無意味だったと。  DVDについていた大島監督のコメントでも「怒り」がキーワードと言う。  何に対しての怒り?  登場人物の台詞は、羨望・ひがみにしか見えない。怒りというよりもがき?  映画の中での怒りは、外(社会)に向かっている。  姉世代が絡むと、清たちの行動が清たちの責任ではなく、社会の責任になってしまう。責任転嫁。  そういえば、この世代って、社会か会社(所属集団)のせい。自分では責任を取らない。 巨匠・大島監督作品。 ダルデンヌ兄弟が選ぶ名作映画79本のうちの1本。 良さがわからなくて、我慢して再鑑賞。 演出は凝りに凝っている。  棒読みのような語り。言い放つ言い方。人の気持ちが見えぬ清の演出?怒り(苛立ち)の演出?  桑野さんは『赤ひげ」で圧巻の演技を見せてくれた方。この映画でも、表情・間合いでいろいろな感情を語ってくれる。でも、語りは基本棒読み・言い放ち。虚勢ややりきれなさの表現?  壁越しに聞こえてくる姉と杉本の言葉。二人のというより、社会・天からの声として聞かせているのか?  その後、だたひたすら林檎を齧る。数分のシーン。なぜか清の内面の変化をイメージさせる。青林檎というのがまた示唆的。  特に必要ないのに、幾度となく映される真琴の足元。何か意味があるのだろうか? 映画史的には重要なのだろうが、 内容的に不愉快.  わかったようなことを言う観念ばかりで、実のない言葉がから回る。  相手を否定するが、自分は何を成しえるのか。  他人からおこぼれを奪い取ることしか考えていない登場人物ばかり。  責任を取る人・何かを作り出す人が出てこない。  新しい命にさえ…。 常に時代を先取りし、話題になった監督。 その先見の明が凝縮された映画のなのか。 と思えど、全否定したい内容。 自分の中の評価がまだ揺れている。 (台詞はすべて思い出し引用)

  • WXYは知ってても、それだけじゃ

    2.0

    木場

    姉妹で時代のギャップによって生き様の選択肢が大きく変わってしまった。 妹の恐喝人生、退廃感漂う。 この作品より前の世代のぬるい映画とは一線を画した斬新な作品らしいのだが、 今となってはその斬新さの片鱗すら感じさせない。

  • きむらおだお

    3.0

    普遍性

    一言で、古いです。 やはりセンセーショナルなものは、そういう運命なのでしょう。 脚本ありきというか、それだけしかない映画と感じました。 大島渚監督、なんであんなに評価されたんだろう。戦メリもつまらなかった。

  • kou********

    3.0

    時代を

    公開当時、高く評価されたし、話題にもなった作品だが、21世紀となった今では、秀作とは言えない作品の気がしてならない。 名作には、時代を超えて秀作で在り続ける不朽の名作もあれば、その時代だからこそ受け入れられる名作とがあると思うが、この作品は、不朽の名作ではないのではないだろうか、今となっては物語の構成は陳腐だし、編集の繋ぎも強引で酷いものだが、これが当時は評価されたのだろう。 映画全盛期だった作品を良いという傾向が今でもあるが、つまらなくなった日本映画と言われている今の方が、もっと素晴らしい作品はたくさんある。 過去の作品を崇め立てる様なことばかりせず、過去に評価された作品でも、月日を重ねれば凡作となる作品もあるということを、認めることも重要なのだと思う。

  • stella55

    5.0

    ネタバレ巨匠の風格

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • mal********

    5.0

    大島渚監督の凄まじい演出力!

    1960年に公開された青春映画です。 いったい何に対して怒りをぶつけて生きてるのかわからない清(川津祐介)と、そんな彼に惹かれ同棲をする真琴(桑野みゆき)の残酷な青春の結末を大島渚監督が非情なまでに描いた本作。公開から50年以上の歳月が流れているのが嘘のような新鮮さと刺激があります。 その新鮮さは障子越しに会話をし、真琴を解放する清がリンゴをかじるシーンだけでも十分に堪能できます。不器用すぎる清の心情が迫る名シーンでしょう。 本作は大島渚にとって2作目の監督作品です。それを考えれば、当時いかに彼の演出力が凄まじかったのかを改めて思い知らされた気がします。 ただ、映画の完成度は高いとは思うのですが、あまりにも残酷すぎる結末を迎える本作を何度も鑑賞する勇気、私にはありません。故に気軽に他の方へ”おススメです”なんてことも言えません。でも傑作です。

  • kor********

    5.0

    ネタバレ哀しき鳥の結末は

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • mas********

    5.0

    この作品を見ず大島 渚監督は語れない

    10年前にビデオ観賞して以来また観賞しました 今見ても色あせない映像や撮影は見事でした  当時の時代はまだ自分は生まれていませんが この時代1960年代の邦画作品は松竹ヌーべルバークと呼ばれ 大島 渚監督が今までない新しい邦画界を革命を起こした作品だけに 当時見た観客は衝撃が大きかったのでしょう 自分も早く生まれていたらこの作品の当時の反響肌で感じ見たかったです 無言でただりんごを食べるシーンで川津 裕介の張り詰める冷たい視線が忘れません オリンピック前だけにバックに映る建築現場など当時の高度成長期が見ていて感じます ラストでそれぞれ2人が一緒にいることに失い悲惨な死で無言に映る死にざまが見ていて少し怖かった

  • tak********

    3.0

    ヌーベルバーク なのですか?

    食わず(観ず)嫌いの監督のひとりです。 「戦場のメリー・・・」を観ただけで、好みじゃないとずっと避けてきました。 追悼という意味も含めてDVDを腰を据えて・・・。 その時代のなかで流れを変えた重要な映画とのことで、やっぱりリアルタイムでなければ本当の良さは解らないのでしょう。 1960年という時代背景もあるし、懐かしむというたぐいの作品でもないし、実験的価値が作品そのものより評価されているようです。 私自身50年代の日本映画が大好きです。 それらの映画は今観ても、何度観ても古さや違和感は全く感じません。 でもこの作品は、古い、雑、人物設定に魅力なし。 巨匠のひとりですから、あと数本観てから判断します。 好みか、そうではないか、だけの判断を。

  • m87********

    5.0

    1960年という日本の社会

    にのみこまれ、怒りをぶつけていた若者たち。 大島渚はその怒りを映画にぶつけた。 そしてこの傑作がうまれた。 当時ではかなり刺激的な作品だったのではないか。 大島渚は常に時代を先取りしてる感がありますが、それも時代や組織に対する反発や抵抗、批判であるが、それさえも受け入れれない社会。 愛のコリーダはいい見本である。 エロス大国、日本。 その中で妙に…矛盾している…。 このような怒りを我々今の若者たちは何処にぶつければいいのだろうか。

  • hah********

    5.0

    大島、川又日本映画二人の巨匠に敬意を

    映画はつくづくリアルタイムに観るべきだと感じる。 しかし過去の名作をリアルタイムに観ることは叶わない。 それが叶わなかった人たちは、 せめてその当時の状況を想像しながらスクリーンに身をおいて観ることしかできない。 その当時の時代背景、その時点での映画技術、手法を 知識と想像力を駆使してその作品を正当に評価しなくてはいけない。 それから波及して作られた数々の作品を先に観てから、過去の作品を比べて論じてはいけない。 常に想像力と先人達への敬意を払って観なくてはならない。 先人達の挑戦を模倣して今があるとういことを理解しないと、馬鹿げた評価をしてしまう。 先人達に敬意を表することができずに、 想像力のない観客が観てしまったら「なんでこんな映画が評価されたのだろう?」という 愚かな感想を持ってしまう。 この作品は現代の人たちが知識を持たず想像力を持たずに観てしまったら、 強力なタイトルのイメージに違和感を覚えるかもしれない。 50年前の作品だ。その頃の映画世界と社会の状況を想像しながら鑑賞すべきだ。 それができずに又その知識を持たない者が語ってしまうと、おかしな評価になってしまうのだ。 まずは、川又昂のキャメラが良い。 はじめて日本映画のキャメラが揺れた衝撃を、当時の人たちは驚きを持って観た事だろう。 日本のヌーベルバーグの夜明けを悟ったことだろう。 これも極日常的に手持ちカメラの映像に慣れている現代人では理解できない感想だ。 木場のシーンが素晴らしい。 いくつかの海のシーンの構図が素晴らしい。 昼間のシーンが抑えられて撮られている。 当然空間が抜けるべきシチューエーションにも、 あえて窮屈な構図で抑圧された深層心理を表現している。 クローズアップの多様にも被写体を追わない。 その時代に身を移動することが出来れば刺激的な映像の数々だ。 旧世代の親と現世代の姉たちと新しい時代の主人公たちの対比が上手く描かれている 特に観客の心をもどかしく掻き毟ることに成功した、若き日の大島渚の才能に敬服した。 私が20年早く生まれていたら、 きっともっとかなり興奮したであろうと思う。 こればかりは幾ら想像力を働かせても叶わない、、、

  • sek********

    1.0

    くだらん....

    もう今どき観る代物じない。演出がださいし内容は薄いし。

  • inu********

    4.0

    題名通りの内容

    青春、甘い体験辛い体験、大人への階段。 階段を踏み外してしまう2人。 大島監督はサディスティックなところがあると思う。

  • sei********

    2.0

    大島吼える

    人情庶民劇やメロドラマがウリであった松竹映画に、大島監督が爆弾を持ってきた。 主人公の欲望剥き出しで、荒々しくて冷徹。反社会を女にぶつける若さ。この作品は淡泊で構成が粗かったりするが、監督の才能が全快! これまでの「明るく楽しい」が定番だった青春映画に、「反発・怒り」のエネルギー溢れた青春映画をぶつけた彼はやはり凄い。 大島が吼えた。

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