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大草原の渡り鳥

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4.0

ネタバレ元祖スキヤキ・ウエスタン!

 今週末にも一般公開される「スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ」だが、実は邦画が元気だった60年代に西部劇テイストを混ぜた活劇(余談1)が盛んに作られていた。中でも代表的なのは小林旭氏の「渡り鳥シリーズ」である。特に北海道を舞台にした「大草原の渡り鳥」は西部劇そのものであり、最も完成度が高い映画ではないかと私は思う。  北海道の気候は北欧や北米に似ている。建物は雪が多いためか、あるいは開拓民が新しく造った町が多いのか鋭角屋根が特徴の洋館が多い。なにより、もともとアイヌ民族の土地だった北海道をアイヌ民族の了解なしに明治になって「国際法」で正式な日本領土にし、西洋の技術を投下し、アイヌ民族から土地を「合法的」に奪いながらアメリカ騎兵隊に似た屯田兵を配置したりと、アメリカ西部開拓時代に似た歴史がある。  時代は一応現代の北海道釧路地方(余談2)なのだが、日本風の無国籍世界が舞台と思ったほうが良いだろう。単純な娯楽活劇なので、小林旭氏扮する渡り鳥伸次や宍戸錠氏扮する殺し屋ハートの政が白昼堂々と日本の町を拳銃をぶら下げて歩くのに違和感を感じるなどと野暮は言うまい。  実際、素直にこのヘンテコな物語の世界を楽しめるほど、この作品は良くできている。西部劇のパクリだが、私が常々主張している日本にも西部劇と同様の素材があること、これに気付いた制作者たちの着眼と実行力は優れている。誤解しないでほしいのは、私に近い視点だから優れていると言いたいのではない。  原作は淡路島が生んだ自民党の名物代議士「ハラケン」こと原健三郎氏だ。晩年のオジンキャラのハラケンしか知らない人には意外に思うかもしれないが、原氏は政界入りする前は講談社の編集者だったので文章のプロである。私自身、文章のプロであるのは知っていたが、ゴリゴリの保守という立場の人間が、悪玉日本人と被害者アイヌ民族の構図をとっている映画の原作者だったことを知って非常に驚いた。しかも西部劇の本場アメリカでは「野蛮なインディアンVS正義の騎兵隊」の定番を量産していた時期でもある。「西部劇」のエポックメーキングであり、これこそ日本ならではの新機軸スキヤキ・ウエスタンである。  物語はいたって単純である。ギターと拳銃を持ったウエスタンハットの風来坊伸次が釧路にやってくる。訪れた道中で、再会した好敵手の殺し屋にしてカードの名手ハートの政との西部劇ばりの渋いやり取りがあったり、キャバレーの美しいマダムとの出会いや、アラン=ラッド氏「シェーン」を彷彿させる少年との触れ合い、「内地」(余談3)の悪徳業者が飛行場を建設するためにアイヌの部落から土地をまきあげ、雄大な道東の原生林を開発しようと企む。例によってハートの政は悪徳業者側に付き、正義のヒーロー渡り鳥伸次はアイヌ側に立つ。道東の大自然を背景にしているので通常の邦画活劇には珍しくスケールが雄大で、小林旭氏のギターの弾き語りや乗馬シーンは背景にマッチして格好いい。  さて、前述の「スキヤキ・ウエスタン・ジャンゴ」だが、映像美は認めるが何を今さら、という感じがする。クイント=イーストウッド氏主演のマカロニ・ウエスタン「荒野の用心棒」のパロディーでは、コスプレを楽しむ以外に面白みは無い。そもそも「荒野の用心棒」とて黒澤監督「用心棒」のパロディーだ。「用心棒」もアメリカのハードボイルド小説が原作だ。  だから、パロディにパロディを重ねた手垢の作品に多額の資本を投下する意味が解らない。どうせパロディやリメイクなら、この「大草原の渡り鳥」をリメイクしてスキヤキ・ウエスタンとして売り出したほうが新鮮味があるのではないか。時代設定は明治初頭にして、アイヌ部落の人々にはアイヌ語台詞を話してもらう。その方が映画史に残ると思うのだが。 (余談1)50代以上の映画ファンなら御存知のように、60年代は小林旭氏の他に二谷英明氏・梅宮辰夫氏・菅原文太氏らが主演して、西部劇テイストやギャングテイストの明らかにアメリカ映画をパクった内容の活劇が量産されていた。 (余談2)「道東」と呼ぶ。日照時間が他の地方より短く、夏はあまり気温があがらない。9月になると石油ストーブの暖かい香りが漂う。おそらく事実上は北海道の中で寒い地方だ。 (余談3)北海道の人々は本州・四国・九州を「内地」と呼ぶ。因みにアイヌ語では「シサム」。和訳すると隣人。

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