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笛吹川

笛吹川

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adi********

5.0

私たちはこのように戦争へ行く

川は絶えずして 水はとどまらず 泡のように 死んでは生まれ 生まれては死んでゆく 人間たち まるで ミジンコの生態を眺めている感じ たけどミジンコにないものが ここにはある 戦争— 私は戦争を知らないから 戦争に情熱をかたむけて 死んでいく男の子たちを 愚かだとはいえない 帰らない子どもたちを待って 死んでいく親たちの哀れに とどまることもできない ひとたび戦争が起これば それは洪水のように人びとを飲み込み 押し流していく それから逃れることは難しいのだ とてもむずかしいのだ 男も女も みなこのように 戦争に巻き込まていくのかと思った 「先祖代々お屋形様のお世話になって⋯」 と惣蔵(現在の松本幸四郎)は言った これは戦国時代の話だけれど 農民たちのどうしようもなくそこへ 巻き込まれていく様子は 日中戦争や大平洋戦争のパロディなのである 定平(田村高広)もおけい(高峰秀子)も惣蔵がとんでもないことを言い出したので開いた口が塞がらなくなったのだった。定平もおけいも、お屋形様には先祖代々恨みはあっても恩はないのである。先祖のおじいは殺されたし、女親のミツ一家は皆殺しのようにされてしまい、ノオテンキの半蔵もお屋形様に殺されたようなものである。八代の虎吉もお屋形様に殺されてしまったと同じであるのに、先祖代々お屋形様のお世話になったと言い出したのであるから気でも違ったのではないかと思った。 「そんなことがあるもんか」 とおけいは口の中で言った。 ——深沢七郎「笛吹川」より いつの世も 戦争をはじめるのは その時代の「お屋形様」だ それぞれの地域に生活の根を持つ私たち庶民には それをくつがえすことができない あの戦争を知っている人々はどう感じるんだろう この物語を 木下監督はただ 時の流れを見つめる 戦後民主主義的メッセージもない ミジンコのような人間たちを描くだけ 悠久の時を経て荒々しい 甲州の自然 凡庸とした訛り言葉 モノクロに 部分的な彩色をほどこした映像は 洗練からは遠く むしろ原始的な温度を感じさせ それは 原作の文体に また甲州の人の 「ここらは縄文から一気に明治のご維新になったような土地だから」という自嘲の言葉に 近づいてゆくようだ 監督は 「楢山節考」を越え この映画ではまっすぐに 深沢七郎の世界に飛び込んで 自分の理念を実現している

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