笛吹川

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笛吹川
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作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(7件)


  • tot********

    3.0

    木下恵介の前衛・実験的映像には???

    まず、松竹のタイトルマークから「えっ!?」と思います。至るシーンで、赤、青、黄、緑等の部分着色が入ります。全面に色フィルターをかけたようなシーンもあり、正直「アンタのヘンな趣味を観客に押し付けるなよ!」という気分にもなりました。写真のシーンあり、亡霊のような老婆がでてくるシーンもあり、いろんな演出を楽しんでるなぁーと、ちょっと醒めてしまいました。お話は戦国時代のある農民一家の2~3世代に亘るものですが、武田VS上杉の戦を背景に、武士に憧れる子供たち、親の心配・苦悩を描いていますが、時間の流れの速い終盤までは淡々と盛り上がりなく退屈でした。しかし、田村高廣・高峰秀子夫婦の子供たちが成長してからの終盤からはお話に柱ができてよかったと思います。全体としては、木下監督の映像実験作で、配役については、老け役や方言での台詞を考えたら、大役者でなくてもよかったのではないか、なんて思いました。前半☆2つ、後半☆4つ。

  • kor********

    4.0

    ネタバレ悲しみが川のほとりに流れ着く

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • adi********

    5.0

    私たちはこのように戦争へ行く

    川は絶えずして 水はとどまらず 泡のように 死んでは生まれ 生まれては死んでゆく 人間たち まるで ミジンコの生態を眺めている感じ たけどミジンコにないものが ここにはある 戦争— 私は戦争を知らないから 戦争に情熱をかたむけて 死んでいく男の子たちを 愚かだとはいえない 帰らない子どもたちを待って 死んでいく親たちの哀れに とどまることもできない ひとたび戦争が起これば それは洪水のように人びとを飲み込み 押し流していく それから逃れることは難しいのだ とてもむずかしいのだ 男も女も みなこのように 戦争に巻き込まていくのかと思った 「先祖代々お屋形様のお世話になって⋯」 と惣蔵(現在の松本幸四郎)は言った これは戦国時代の話だけれど 農民たちのどうしようもなくそこへ 巻き込まれていく様子は 日中戦争や大平洋戦争のパロディなのである 定平(田村高広)もおけい(高峰秀子)も惣蔵がとんでもないことを言い出したので開いた口が塞がらなくなったのだった。定平もおけいも、お屋形様には先祖代々恨みはあっても恩はないのである。先祖のおじいは殺されたし、女親のミツ一家は皆殺しのようにされてしまい、ノオテンキの半蔵もお屋形様に殺されたようなものである。八代の虎吉もお屋形様に殺されてしまったと同じであるのに、先祖代々お屋形様のお世話になったと言い出したのであるから気でも違ったのではないかと思った。 「そんなことがあるもんか」 とおけいは口の中で言った。 ——深沢七郎「笛吹川」より いつの世も 戦争をはじめるのは その時代の「お屋形様」だ それぞれの地域に生活の根を持つ私たち庶民には それをくつがえすことができない あの戦争を知っている人々はどう感じるんだろう この物語を 木下監督はただ 時の流れを見つめる 戦後民主主義的メッセージもない ミジンコのような人間たちを描くだけ 悠久の時を経て荒々しい 甲州の自然 凡庸とした訛り言葉 モノクロに 部分的な彩色をほどこした映像は 洗練からは遠く むしろ原始的な温度を感じさせ それは 原作の文体に また甲州の人の 「ここらは縄文から一気に明治のご維新になったような土地だから」という自嘲の言葉に 近づいてゆくようだ 監督は 「楢山節考」を越え この映画ではまっすぐに 深沢七郎の世界に飛び込んで 自分の理念を実現している

  • kih********

    3.0

    笛の音が響くかと思ったのに……

     戦国時代、川中島の合戦、長篠の合戦などはいくつも小説・ドラマ・映画などで観た。また、教科書でも教えられた。しかしそれはいずれも英雄伝説であり、歴史学習だった。たしかに、日本の歴史の流れを決定する重要な意味があった。  しかし本作はそのような戦国の表舞台を描いていない。合戦に家族を供出(あるいは志願)する百姓・庶民の村が舞台だ。表に対する裏の舞台だ。無常観、やるせなさ。戦の裏バージョンは、必ずこういうことになる。  平安の時代でも、戦国の時代でも、幕末・維新の時代でも、そして世界大戦でも、(戦の現場もさることながら、)裏の舞台は必ず悲しく、むなしい。  映画だから、それをどのようにスクリーン上に描くかという、映画人の「1スジ、2ヌケ、3ドウサ」の腕の見せ所だが……、本作は「2ヌケ」に腐心したらしい。はっきりいって無駄な試みだった。「3ドウサ」も首をかしげたくなる。  戦の舞台裏を描けば必ず反戦・厭戦ものになる。どうしても暗くなる、辛くなる。そのワンパターンから脱却するのに「色をつける」という手法を使った。必要なかった。  好んで知ろうとされない戦の裏舞台だが、観客に媚びることなく、淡々と映し出されればいい。色はいらない、演技もいらない。この映画の着色を剥がして、出演者の声を聞きやすい録音にして(字幕でもいい)、リメークしていただけないものだろうか。  趣味で笛を吹いているものだから、レンタル店の隅にいつも見える『笛吹川』のタイトルが気になっていた。映画のどこにも笛吹きの場面がなかった。タイトルは、橋がかかったあの川の名前だったのだろう。それにしても、その名前の由来があるだろうから、ちょっと触れて欲しかったなぁ。バックミュージックに篠笛などを使うと良かったろうになぁ、と……、これは本題から外れた個人的な嗜好の話。

  • kan********

    5.0

    木下恵介が描く時代劇

    木下恵介鑑賞作品が一週まわりで映画館にかかっている。 本作は2週目にかかったのだが、観そびれてしまったため、レンタルDVDにて鑑賞した。 夜中にかけたので眠くなったら中断して寝ようかと思ってたが…結局、最後まで鑑賞してしまった(笑) 内容は戦後時代の武田家領地のある農民家族が武田家の隆盛と没落に翻弄される様を描いている。 ラスト付近では兄弟たぢが何とか助かって欲しいと願ってしまうが、かなり辛い状況を見せられる。(特に河原での婆さんと孫は…) ラストは淡々と切ない。 本作は白黒作品だが赤黄青の色が景色や人間にかかる。 最初は違和感があったが途中からなれてしまったね。(モザイク的な役割もしてたのかな)

  • ********

    5.0

    無機質と諸行無常の違い

    1960年。木下恵介監督。深沢七郎の原作の映画化。甲斐の武田家の信玄を中心とした時代に、笛吹川の橋のたもとに住む農民一家(メインは田村高広と高峰秀子の夫婦)がまきこまれる戦争と復讐を描く。モノクロを基調としながらもセピア色だったり、一部カラーだったりと実験的な画面になっています。しかし原作が持っている突き放した冷たい無機質な感じが、単なる諸行無常と戦争反対の一筋の流れになっているようなのは残念な限りです。たぶんそれは、映画を一貫しているカメラワークや編集に物質的な無機質さが足りないのが原因らしい。なめらかすぎるのです。 武田家の系譜(信玄の誕生からいくつもの戦争、武田家の滅亡まで)と農民一家の系譜(誕生と死)がかけ離れながらもシンクロしている様子が、息子たちが次々と戦争に出て行くことや同時に生まれる子どもなどで表現されています。いわば、大文字の歴史と庶民の歴史が交じり合う様子が描かれる。それが画面に何度もでてくる「橋」で象徴されています。大きな歴史的な動きを農家に伝えるためになんども通られる橋。他のセットにまったくリアリティがないのに較べてこの橋だけに存在感がある。 二つの系列が最後にひとつになるのは映画の鉄則でもあるのですが、しかしひとつになる仕方が不自然に見えてしまう。どうしてこの農民一家の身内はここまで武田家と関係していくのでしょうか。原作ではもうすこし武田家との関係に驚きがあったような気がするのですが、この映画では驚きがまるでない。当然のごとく小さな庶民史と大きな歴史が関係しているように見えてきます。たぶんそれは物語内容の問題ではなく、映画的な手法の問題なのだと思います。高峰秀子の方言、老けメイク、びっこ、がとてもわざとらしく見えてしまうのも、映画全体の配列がまともすぎるからのような気がします。

  • dqn********

    4.0

    ネタバレ戦乱の無常を実験的映像とともに描く

    このレビューにはネタバレが含まれています。
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