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秋津温泉

nas********

3.0

ネタバレ喪失から始まる物語

大戦後期の岡山で出会ったふたり。 男は結核で病弱ゆえに、戦争に参加することもままならなかった学生。 田舎の温泉旅館の娘は「お国が勝つ」と心から信じていた娘。 玉音放送が流れ、敗戦を知った娘は泣きじゃくる。 学生の男は、戦争よりもむしろ自分の体の病魔との戦いで疲れ果てていた。 最初から、この二人には温度差があった。 温泉場という場所は、頻繁に通える場所ではない。 町で都会で働き、喧騒に疲れた人間が癒しを求める場所である。 旅館の娘は、男をお客さんとしてではなく身近な友人以上の存在として 特別な思いを抱いている。 しかし、自分が「温泉旅館の娘」という立場もよくわきまえている。 一度来たら次はいつ訪れるかも判らない客。 どれだけ出迎え、見送ってきたかしれない。 そして、田舎の辺鄙なその場所から逃げ出そうとも思っていない。 それはいつくるかも知れぬ男に会えると言うことでもある。 男は温泉場の娘を「非日常」と感じていただろうか。 死にたくなって一緒に死んでくれと頼んだり自分勝手だ。 戦中は病気で国にも尽くせず、社会での自分の存在価値を見いだせない。 数年に一度会う娘は、終戦を共に迎えて気持ちを分かち合った唯一の人間である。 病気を癒えて酒や女にだらしなくなればなる程、 自己嫌悪で死にたくなるのであろう。 娘は成人し、遠く離れた男の事を思いながら何年も過ごす。 男は結婚し子供も生まれる。 そして、思い出したように娘を訪れる。 この時代の女性は受け身である。 日陰の身にはそれなりの美徳もあった。 男もそういうものだという考えもあっただろう。 時は流れ、体の関係を持つものの、男は責任は取らない。 娘が会わない数年の間に、貞操を守っていたかもよく判らない。 しかし、娘はただ待ち続けて男を受け入れる。 男はまた帰っていく。 「君の気持ちは判りすぎるくらい判る」 一緒に死んでくれという娘。 いや、もう娘は34歳になっていた。若さも失われつつあった。 もう無邪気な笑顔もなかった。 思い出の旅館も人の手に渡ってしまった。 もう男を迎える場所すら無い。 男は何にも判ってないのだ。 男は社会での居場所を見つけ、もう死ぬ理由などない。 女はもう待てなかった。 この二人は終戦が結びつけた。 でも根本的に違っていた。 17年は残酷である。 とにかくあのような温泉場をよく撮ったな。 関心した。夜の離れへ続く渡り廊下のシーンなど素晴らしい。 岡田茉利子の100本記念の作品という。 彼女の派手な顔つきが惜しい。 東京から出てきた温泉客の方がしっくりくる。 衣装は彼女が担当していたらしいが、派手である。 しかも女将になってから客を接待するシーンなどが後半は全く無いため 彼女が17年も人を想って疲れてゆく姿に共感できない。 最後の、手首を切ってから死ぬまでのシーンも長すぎる。 死に際を長々と演出されても興醒めする。 若い女性の無邪気さと、希望を失った年増の悲しさを演じた女優の凄さを見せつけてくれました。 やはりそういう意味でも100本目の力の入れ方が判ります。 吉永小百合の100本目とは格が違いますね。

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