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越前竹人形 (1963)

監督
吉村公三郎
  • みたいムービー 8
  • みたログ 28

4.17 / 評価:12件

匂いたつような若尾文子の美しさ

  • nqb******** さん
  • 2012年1月24日 22時51分
  • 役立ち度 4
    • 総合評価
    • ★★★★★

こういう陰鬱で悲劇的な話は大好きだ。日本映画の真骨頂だと思う。ハリウッド映画では絶対に出せない味である。日本人に生まれてよかったと心から思う瞬間だ。 キネ旬ベストテン第11位。

若尾文子の匂い立つような一種神々しいまでの美しさが銀幕に刻みこまれた一本。このとき若尾文子30歳。まさに女優として美しさは頂点に達している感がある。必見。

そして、もうひとつは宮川一夫のカメラの素晴らしさ。実際のところこの映画を忘れえぬ作品に押し上げている最大の功労者は宮川一夫であると思う。このときの撮影の素晴らしさは筆舌に尽くしがたい。数々名作を残しているが、この作品は彼のベスト3には入るのではないかと思う。

以下、どこがオイラの琴線に触れたのか説明してみよう。

玉枝が診察に行くとき、急にさしこみが襲い、道端にしゃがみこむ場面があります。これを引きでシルエットの竹越しに撮っているのですが、その構図の美しさったらない。まるで絵画の名作を観ているような趣です。「本物」の力ってすごいって感じました。

船で苦しむ玉枝が舳先から乱れた髪が水面に散って、まるで血の色かと見紛う一瞬の不安なショット!見事です。完璧。

ようやく帰ってきた喜助の家。闇の中に稲妻とともに戸袋にもたれかかるそれは凄絶な妖気漂う玉枝の姿が浮かび上がります。ここも圧巻。

映像が全てを語るって言うか、ハッキリ言って川で流産した時点で玉枝は死んでいるのだと直感させてくれます。それ以降は喜助に逢いたい一心で抜け殻が帰ってたのだっていうことなのだと思います。それほど左様に乱れた髪が川面に散るシーンが全てを語っているのです。本当にすごい。

この場面だけで星五つですよ~。

正直な話、物語は最初から破綻していると現代に生きるオイラなんかは思ってしまいます。それは喜助があまりにも純情すぎてしまい、こんな悲劇、ある意味では滑稽なことは現代では起こりえないとすら思えてしまうからだ。玉枝の後輩の遊女(中村玉緒)に父と玉枝の関係を気にしていた喜助が「おとうさんと玉枝ねえさんはひとつの布団で寝たことはない、あたしがいつも一緒だったから本当だ」とか方便を言われてあっさり信じるところなどはちょっと足りないのではないかとすら思える。

それにしても登場人物の心理描写が浅すぎる気がしてならない。喜助の玉枝が父親の女であったという複雑な葛藤や、玉枝の十二分に男を知っているからだなのに喜助が抱いてやらないことによる性欲の持て余し方とかの描写があまりにも食い足りないとオイラは思ってしまうものである。

もしこれらの欠点が「それこそが邦画の奥ゆかしさとか上品さなのだ」という意見で免責され擁護されるのであれば、そんなものは“クソ食らえ”であると言わせてもらう(笑)

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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