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清作の妻 (1965)

監督
増村保造
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4.23 / 評価:44件

増村によると女性は全て正しくなる

  • はちみつの実 さん
  • 2010年7月18日 20時58分
  • 閲覧数 653
  • 役立ち度 5
    • 総合評価
    • ★★★★★

何についての話かと問われれば、愛についての話と答える。
ただし、規範の愛についてでは無く、理屈や道理ではどうしても推し量れないので愛と言う単語を便宜上使うわけだけども。

手に入れたいもの。世間が何を言おうと、何もかもが無くなってもどうしても手に入れたいモノただ一つ自分にとって譲れないモノ。
それがおカネにとっては清作との世界だったのだ。

自分を疎む蔑む社会。おカネにとってはそんなモノ関係無い。
ただただ自分と言う個が生きている世界、それは清作との愛の中にある。
例え、世間にどれだけ傷つけられようとも、または清作をどれだけ傷つけたとしても。
社会は理不尽だ、自分の行う行為も理に適わない。
単に自分は「理」に依っては生きていない。清作と言う存在に依って生きている。
明らかに狂気の世界ではあるけども、その中心がおカネと清作なのだから仕方が無い。
増村はこの世界を圧倒的に正当化する。

それに対する清作はどうか。
社会の中での模範な存在。初めは明らかにおカネとは対極の位置にいる。
自分を盲目にしたおカネと二人で生きていく。

これはどう言った気持ちなんだろう。明らかにそこまでは自分は誰よりも上の存在だと思っていたのにあろうことか愛する妻によってその座を引きづり下ろされるんだ。
そこには一瞬の激情や恨みごとでもあったでしょう。
それでも俺にはお前しかいないと言わせしめる。
ここには今風で言うところのロマンティックさは無い。
ただただ「その世界」が出来たんだと言う力強さと崇高さがあるばかり。

そしてラストシーン。田を耕すシーンだ。
ここにはそれまでが何も無かったかの様に、
初めからこれが当たり前だったかの様な二人がいる。

二人にはこれが当たり前。
ある角度、他者の社会から見れば、大変狂気的で破滅的ではあるが、
もう一方の角度、清作とおカネの世界から見れば、大変牧歌的で普遍的なシーン。

恐るべし増村と言わざる負えない映画だ。
日本映画じゃ、近松物語と双璧だね。

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