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清作の妻 (1965)

監督
増村保造
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4.23 / 評価:44件

反戦イデオローグの増村映画への罪

  • 諸星大五郎 さん
  • 2009年2月28日 3時14分
  • 閲覧数 663
  • 役立ち度 21
    • 総合評価
    • ★★★★★

 脚本の新藤兼人。この人、戦争が絡むとやたら熱い。
「反戦」思想そのものには私は大いに共感するが
映画で声高にそれを叫ぶと、どんなストーリーも予定調和にされてしまう。

 清作は村の模範青年。
彼は、因果を背負い村八分になっていた女を好きになる。
彼女はいままで愛を知らなかった女。
清作がいなくなることが怖くてたまらない。
日露戦争に兵士として出征してゆく清作の目を彼女はついに五寸釘で潰す。

 本作、増村版「猟奇的な彼女」の物語であるはずなのだが
反戦が全面に出ると、猟奇であろうが、怪奇であろうが
そんなのは全部飲み込まれ、
この女がとった行動が正しく説明されてしまう。
実話ならそれも良しだが、これは増村映画。
どうしたことか、いつもの、奇天烈なパワーがない。
新藤さんの「正しい」脚本に、増村パワーが吸収されてしまっているからだ。

 新藤さんは、この後の「刺青」でも増村さんとコンビを組むが
こちらは、ハイテンション増村パワー全開だし
氏の脚本は「完全なる飼育」のようなクライムモノでは
図抜けて面白い。

 やっぱり新藤さんの「反戦」は生涯かけて新藤映画でこそ完結すべきであって
増村さんに新藤性(笑)が入り込むと、
これなら黒澤明監督が撮った方が、もっと良い映画になったのに
などと、全編流れる交響曲の荘厳さに打ちひしがれながら
妙な物足りなさを、私は感じたのだった。
 

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