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しびれくらげ (1970)

監督
増村保造
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3.52 / 評価:25件

クラゲは軟体動物じゃないよ。

渥美マリ主演による「軟体動物シリーズ」第2弾です。1969年の第1作「いそぎんちゃく」からわずか1年と少しで6作も作られています。もちろんヒットしたからそれだけ連発されたのですが、製作の大映が当時末期状態でかなりこのシリーズに頼っていた、という事実はあるでしょう。シリーズと言っても、どれもがギトギトしたお話の中で渥美マリが肉体を振りまく映画というだけで別に話が続いているわけではありません。問題は、タイトルに使われている「いそぎんちゃく」や「くらげ」が軟体動物ではなく刺胞動物であるという事だと思いますが、これが「刺胞動物シリーズ」だと生物好き以外は何だかわからないでしょうし、「軟体動物」にこだわってタイトルを「あめふらし」とか「りんごまいまい」にしてしまうとますますわかりません。
渥美マリは当時最強のセクシーアイコンですが、特にグラマーでもなければスタイルが抜群なわけでもなく、巨乳でもありません。ただ、グラマーではありませんが「肉感的」という言葉がぴったりな印象があります。その「肉感的」な感じが、‘60年代後期~‘70年代前半のセクシーな女性像をよく表していると思います。美人ではありませんが顔はバタくさくて今でも通用するエロ顔だと思います。
下着モデルなどをしているマリが、クズみたいな男たちや日本映画史上でも稀にみるほどダメな父親玉川良一に翻弄されながらも、したたかに生き抜いてゆくという物語です。こう書くと今村昌平の「赤い殺意」や「にっぽん昆虫記」のように女性を一段下に見てその生命力に驚嘆してみせる映画のようですが、ところがこれは増村保造作品です。マリがそうしたどうしようもない男たちに対し一歩も引かず、自身をギラギラ輝かせながら生きぬいてゆく姿に対する強い共感があります。
そうです。これは増村保造作品です。この人は大映という会社の中で先鋭的な作品から職人的な娯楽作品などを数々作り続けた人ですが、「巨人と玩具」の野添ひとみ、「暖流」の左幸子、「妻は告白する」の若尾文子など、極端な女性像の描き方には定評があります。その彼が大映最後に到達した女性像が渥美マリだった、という事でしょう。
映画は、普通の人にはかなりヘンテコに見えると思います。芝居の出来ないマリちゃんはともかく、相手役の川津祐介までもが感情があるのかないのかわからない、抑揚のない極端な口調で話します。例えば「あたし、あなたを、あいしてるの」の「あ」にアクセントをつけ口をはっきり開けながらゆっくり話すと途端にこの映画のマリちゃんのモノマネが出来ます。私たちは「あ、増村が今回はこういう芝居をつけたのだな」と納得して観る事が出来ますが、慣れていない人にはこの映画のセリフ回しは異様に映ると思います。
増村保造は相変わらず快調なテンポで飛ばしますが演出は平板です。初期の「氷壁」のようにあまり評価の高くない映画でも、山本富士子が夫上原謙に電話をかける場面におけるアングルを変えながら短いカットを積み重ねるような凝った演出はこの映画にありません。どこか、テレビ的です。これは増村の演出力の問題というよりも、末期大映を支えねばならない時間と予算の制約によるものではないか、と増村の肩を持っておきます。
増村は‘70年代に「曽根崎心中」や「大地の子守歌」などの傑作を発表しますが、同時にあの大映テレビの立役者になって「赤いシリーズ」なども手掛けています。このテレビ的演出と極端なセリフ回しは、このまま大映テレビに引き継がれていったのかもしれません。イタリアの映画学校で学び、かつてデビュー前の大島渚にとってひとつの目標でもあったな映画作家が、通俗とどぎつさの極みのような大映テレビの基にもなったというのは、日本映画の不思議のひとつかもしれません。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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