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忍ぶ川

忍ぶ川

120

kih********

4.0

「うちが見える」幸せ。おめでとう。

「あっ 見える 見える。うちが… あたしのうち!」と、汽車の窓から叫ぶ。まるで幼い女の子のはしゃぎぶりだが、これが新婚旅行?に出かける新妻だ。薄幸な生い立ちであった。その女性が、今は「あたしのうち」が「見える」。これ以上の幸せはないだろう。  男も孤独だった。出生・生い立ち、自分には何の責任もないのに常に暗いものに憑りつかれていた。その憑きものから解放してくれたのが、幸薄い女性だった。ついに、「うち」を見出すことができた。  社会の日陰で鬱々と息をしている人生に、こうして「うち」が「見える」ようになったのは久々に直射日光を浴びたようなものだったろう。  今のこの豊かな社会にあっても、幸せの光が当たらない人々も多い。家があっても、「うち」に「見え」ない人々も多い。「うちが見える」などと、幼稚園児の遠足かと思える単純な言葉だが、新婚さんに限らず人生が重なった大人たちにも、ずいぶん膨らみのある言葉だ。  “一番美しい口づけ”などという新婚初夜のシーンだが、こんなに長く描写する必要もなかろうに、などと思う。吉永小百合嬢からは配役を断られたそうだが、それで良かった。彼女ではこの役を演じることはできなかったろう。裸身の演技ではない。『伊豆の踊子』でもそうだが、薄幸・純真・男女の機微と、こういうのを表現するのは難しい。  この青年も、こんな美形でなくても良かったろうに、などとも思う。“一番美しい…”ように撮るためであろうけど、眼がそっちに行って、「あたしのうち」がかすんでしまわないか。「見え」なくならないか。この作品に、ベッドシーンは要らない。美男・美女も要らない。美しいのは、粗末だが清潔な「あたしのうち」だけでいい。

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