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海軍特別年少兵 (1972)

監督
今井正
  • みたいムービー 3
  • みたログ 33

4.00 / 評価:19件

硫黄島海軍兵力の大半は子どもだった?!

  • amedama8686 さん
  • 2008年7月3日 13時06分
  • 閲覧数 1180
  • 役立ち度 2
    • 総合評価
    • ★★★★★

ビデオのカバーに「(前略)…その中には3千8百名のあどけない少年たちが含まれていた。彼らは幼心に国への忠節を誓い、自ら志願した「海軍特別年少兵」だった…(後略)」<引用東宝>とあり、硫黄島の海軍兵力は確か7千3百名余り、すると50%以上を15~16歳の少年が占めていたということになる。ホントなのだろうか?。もしもホントなら、実に驚くべき、かつ、恐ろしい話。海軍はそれほど兵隊が足らなったのだろうかという疑念が生じてくる。一応、本来は将来の海軍中堅幹部を養成することを目的として昭和16年に制度が発足し、所定の訓練後にさらに上級の訓練を行う予定であったが、戦局の逼迫により初期の1年半の訓練後に即実戦配備せざるを得なくなってしまったといったことを戦後元海軍幹部は述べているそうである。
この映画によると、「海軍特別年少兵(以下:「特年兵」)」は14歳で入隊したようだが、学校で教師が勧誘していたようである。14歳の子どもをそそのかして兵隊に志願させる教師がいたとはやや吐き気をもよおす話である。また、映画の時間配分は大半が訓練中のエピソードや「特年兵」たちの家庭環境などに割かれており、その志願者たちの大半が貧しい家庭の子どもたちだったことなどが示されている(訓練中でも二等水平として3円50銭の月給が支給されたと説明されている)。さらに、子どもまで戦争に駆り出す状況に自信が揺らいでいる教官たちと、学校で教わったとおり「国のために死ぬことを良いこと、誇るべきこと」と信じて疑わない純真な子どもたちとの対比も興味深い。
したがって、硫黄島での戦闘シーンは冒頭の数分と、最後の15分程度となっている。ただ、最後のおまけの予告編には、ビデオの本編にはなかった戦闘シーンがあるように思え、ビデオ版は劇場公開版を編集しているのだろうか?。最後はある班の生き残った4人の「特年兵」が自分たちだけで自殺的夜襲突撃を敢行するのだが、ひょっとすると、4人だけになるまでの過程があったのかもという気がしてしまう。いずれにしても、もう少し、本人は一人前のつもりでも実は兵隊(殺しのプロ)として半人前なために命を落とすといった部分の描写がほしかったし、もっと無残な死に方をしたであろう様子の描写もほしかったような気がする。また、地下壕と地下通路を使った戦法だったはずなのに、塹壕陣地やそこへ地上を這って弾薬を運ぶシーンはどうかなといってはこだわり過ぎだろうか。硫黄島戦ものを全て見たわけではないが、戦記等にある米軍の地下壕潰しの手法であった小さな出入り口から壕に水を流し込んだ後に油を流し込んで火をつけ、壕内の日本兵を溺死・焼死させる、地下壕内の口減らしのために毎夜何人かずつ切り込み隊に出すといった司令部玉砕後の末期の戦闘描写は今まで見たことがない。

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