90
心
3.8

/ 11

27%
27%
45%
0%
0%
作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(5件)


  • bakeneko

    5.0

    ネタバレ1914年→1973年と時代が変わっても…

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • kih********

    3.0

     明治の知識人の真面目な人生論だが……

     明治の知識人の真面目な人生論、友情論、愛情論。  この友情にも突っ込みどころはある。妙齢の女性がいる家庭への若い男性が間借りするには、「真面目な人」であっても何かを予感するもの。そこに友人まで同居させれば尚更、何らかの(面倒な?)ドラマが生じるのは予期できるもの。知識人であって、なぜそれが回避できないのか。  友情と恋愛の葛藤だという。知的な明治の若者たちの、真面目な葛藤ということか。知的に分かることと情的に矛盾する様を描きたかったのだろう。英国に留学してもそこの知識人には馴染めなかった漱石先生の、日本的知識の展開であったか。  明治の時代にピアノが弾けるという聡明な女性が男たちを苦しませてしまう。でもどうなんだろう、このテの男がこのテの女に、「男の友情」を裏切る程に恋い焦がれるものだろうか。ちょっと違うような気がする。勝気過ぎるんじゃないか? 現代に作った明治の文学映画化。母はいいにしても、娘はちょっと浮いてる感じがするが、如何。  幸いに、『夏目漱石の~こころ』という別の映画DVDがある。こちらも拝見しよう。

  • aki********

    3.0

    「こころ」の現代版解釈

    漱石の「こころ」 何度読み返したことでしょう。 中学か高校の頃に初読して以来、この作品を凌駕する文学に未だ巡り会えず。 漱石のセンスが冴えわたる「当て字」のオンパレードに、当時はただただ、感心でした。 試験直前にお勉強が嫌になると好んでこの本に逃避していた頃を思い出します。 さて、本作。 原作で言う「先生」と「私」が合わさって⇒「私」に集約されている点と 時代を現在に置換している点、そして、ここが一番なのですが、 「奥さん」と「その娘」の存在がポイント。 原作ではそこまで「奥さん」の存在感はありませんでしたが、映画では乙羽信子が「底知れない、ある意味、不気味さ」をもって、演じています。 この母と娘が蜘蛛のように巣をはって、「私」を捕食したとも見れる映画です。 いずれにせよ、監督が自分の妻と娘?を起用し、それに合わせた物語になっております。 それがいいのか、悪いのか。音羽の演技はいいとしても、実の娘?は美人でもないし、演技ができるでもないし・・・全体の質を落とすことに貢献しています。 これがまっとうな役者であれば、★3つでなくて、★4つだったのですが。 残念っ。(-_-;)

  • 真木森

    5.0

    蓼科山へ登れ 女性が彩る漱石の『こころ』

     相当前の話ですが、深夜の時間帯で夏目漱石の『こころ』を映画化した作品が流れて、10代の感性に深く突き刺さった記憶があります。原作は高校国語で習う以前から何度も読んでいて完全周知の物語でしたが、それ以上に私にはあの時経験した映像が忘れられなかったのです。しかしATG映画の宿命かほとんどメディアに再登場することがなく、ずっと後になってそれが新藤兼人監督の『心』という作品だということも判明、曽根中生監督『不連続殺人事件』と並んで私にとっての「もう一度見たい、失われた邦画」の一つでした。それが先日3/15スカパーe2にて突如放映! 4半世紀ぶりの再見です。やっぱり良かった。いかにもなATG映画で登場人物も極端に少なく、無音に人物達の声や主人公のモノローグがかぶり、凍り付いたような独特の映像空間、語り口。主人公の先生K役の人は「おお! NHK大河ドラマ『黄金の日々』で足利義昭をやってた人じゃないか」(私の評価基準も随分狭隘ですね)と驚きの発見。調べたら松橋登さんは元々劇団四季の有名団員で、現在も舞台を中心にご活躍とのこと。自殺していくS役の辻萬長さんは角川金田一シリーズの刑事役で何度となく見ていた方でした。そして乙羽信子が出ていたというのに改めて感動です。新藤兼人監督作だから出演は当然なのですが、最初に見た時にはこういう大女優が出ているだなんて全然分かってなかったなあ。映画の物語の詳細は忘れていましたが、それでも車窓から深緑を眺めるオープニングから転じてKが下宿に訪れるくだりは「あれ、「私」は素通りして第三部に特化した映画なんだ」と初めて見た当時から印象的だったので良く覚えてました。それにこの映画と言えば「その場で土下座して謝りたかった」をもう一つの自我が実行するカットバックでしたから再見して懐かしかったです。見直していけば初視聴時の記憶がぼろぼろと再現していきます。やっぱり思春期に深く刻まれたものは一生涯の価値なのだなと思わされましたよ。 映画は原作をなぞってはいますがまた別の色調を帯びています。一番大きいのは奥さんM夫人の存在感です。奥さんは全ての顛末を知っているどころか、Sを同居させる時にきっぱり拒否していたことから「そうなってしまうであろうこと」すら前もって全て見通していたかのように描かれます。そして終始Sについては冷厳な視線で対していますが、優柔不断ですらあるKにはフォローをし苦しげな時は不安そうに見つめている。そしてあの屋敷の中でKを誘導し、ライバルたるSを消していく大いなる意志を発揮している様にも見えるのです。お嬢さんI子は現代風で(デザインスクールに趣味で通っている)異性との接し方も敷居が低いように描かれていますが、母親譲りで2人の男性に決断を迫る強さを時折見せます。それは例えば度々登場する「お茶にするか紅茶にするか」という問いかけに顕著ですが、究極は山に登るか否かでのSへの詰問です。「蓼科山に登りなさい!」ときつい調子でバスに乗り込み去っていく。それは「私を手に入れてみなさい」ということの暗喩。そして恐らくは男達が逡巡を乗り越えて自分をもらいに来ることを望んでいる。だから石鹼を渡したら唐突にKに口づけされてその後ピアノを弾くのですが、これは蓼科の草むらでも同様にされて「幸せだわ」とつぶやくのと同期です。Sはそれを乗り越えられなかった。一本の錐を手に入れるためには足下が崩れようとも必死に道無き山を登らなければならなかった。それはKと違って財産のないSに出来る1つの決断。しかし彼は自分でも言うとおり「結局俺は弱かった」「もう良い、まだ次がある」と先送りにしたために、結局自分は出口のない袋の中から出られないことを悟った。そしてKも心が腐食していく。彼は叔父に裏切られた経験から父親譲りの財産を忌むべきもののとして考えていますが、間違いなくそれこそが奥さんからの信望の礎だったのだし、Sにとっては埋められないアドバンテージだった訳です。しかし心の腐食はそれでは救えない。あの時のSが諦めた蓼科山を必死に登り、一個の人間としてI子を手に入れる権利を得なければそれは止められない。そしてそれがエンディングに収斂しています。 本作の関連文献はほとんどありません。作品と自分の鑑賞眼が全てで、10代の頃とはまた違った力を絞って食い入るように見ました。今まさに2千字ではとても語り得ない思い・分析にあふれています。この物語は「あの頃輝いていた我々、そして今となっては失われてしまったあの日々」の切なさ、寂寥、悔恨を描いた名作だし、新藤監督が漱石の名作を70年代に映画化したのにも理由がありそうです。でもそれは何かの機会に原稿化します。まずは本作を再び蘇らせてくれたスカパーe2日本映画専門チャンネルHDに感謝の意を捧げます。

  • daw********

    4.0

    暗さ最高。ATG版「こころ」

    文学や読書に興味が無い人でも、一度は読んだことが あるか題名ぐらいは知っているんじゃないかと 思われるのが、夏目漱石の「こゝろ」という作品です。 わたしも中学生だったか、初めて読んで明治知識階級の 道徳心というのを垣間見たような気がして、それが どことなく知的好奇心をくすぐり、またそれ以上に 明治高等遊民への憧れも伴って、何度も読み返しました。 「友情」と「恋愛」の葛藤に苦しみながら友を裏切り、 自己欲求を優先したがゆえ、苦悩の人生を歩むことに なってしまった一人の男の話を三部構成にして 書き上げた小説です。 この夏目漱石作「こゝろ」の三部目をベースに新藤兼人 監督が脚本、監督を務め映画化したのがATG映画「心」 です。映画では時代設定を明治から現代 (昭和48年ぐらいの設定)に移しているのですが、 原作に忠実なシナリオであったがために人物描写に やや無理があったようで、限りなく明治精神に近い 昭和という、ちょっとアンバランスな感じの仕上がりに なっています。それでもATG特有のまったり感たっぷりで 終始、暗い雰囲気で進んでいきますので、ATGファンには たまらない作品になっています。 K(松橋登さん)は、軍人の未亡人M夫人(乙羽信子さん) とその娘・I子さん(杏梨さん)の住む閑静な日本家屋の 二階に間借りをすることになります。直にKはI子さんに 恋心を寄せるようになるのですが、そんなとき、Kの親友で あるS(辻萬長)が神経衰弱のようになってしまいKは M夫人を説得してSを隣室に住まわせることにします。 引っ越してきた当初は意固地で他人を寄せ付けない 感じのSだったのですが、徐々にM夫人やI子さんに心を 開いていきます。ある日のこと、SはKに自分はI子さんに 好意を寄せていると打ち明けます。勿論、KもI子さんを 好いています。このままではSにI子さんを奪われてしまう。 そう考えたKはSの不在を見計らって 「お嬢さんを私に下さい」とM夫人に訴え結婚の了解を 取りつけます。しかし、このことを知ったSは自殺して しまうのです。罪悪感に苛まれる年月を過ごすK。 やがてKも覚悟を決めるのです。 登場人物も少なくて、会話も一本調子でのやり取りが 多く、作品を通して重苦しい雰囲気が充満して息苦しい 展開が続きます。K役の松橋登さんは甘いマスクで 通りのいい声をしていて、貴公子のようなタイプなん ですが、どういうわけか犯人役やらの悪役が多かった ですね。Gメン75なんかではいったい、何度、捕まれば いいのというぐらい犯人役ばかりやっていたような 覚えがあります。都会育ちのボンボンで悪事に手を染める といった役柄がお見合いでした。 M夫人役の乙羽信子さんはベテランの味をたっぷり出して 落ち着いた演技。Kのすべてを見透かしているような 感じを表情だけで巧く表現しています。 I子役の杏梨さんですが、感情を抑えた感じがいいですね。 おそらく演技ではない棒読みの台詞回しが、この作品では 完璧にフィットしていて、陰鬱な雰囲気であるべき作品の 流れに溶け込んでいます。ただ、意識的にやっている わけではないのでこの作品限りの名演技といったところで しょうか。 *杏梨さん。その昔、スポ根青春ドラマ「コートにかける青春」 に出演していたのを思い出しましたが、残念ながらこれ以外に 出演した作品は知りません。肉感的でなかなか面白いタイプの 女優さんではあると思ったのですが・・・・参考URL↓ 文芸作品の映画化としては成功しています。 まったりとしながらもいろいろな感慨が浮かんでくる 秀作です。

1 ページ/1 ページ中