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津軽じょんがら節 (1973)

監督
斎藤耕一
  • みたいムービー 6
  • みたログ 81

3.81 / 評価:37件

津軽って、本当に、今でもこうなのですか?

  • 百兵映 さん
  • 2014年3月13日 11時38分
  • 閲覧数 1249
  • 役立ち度 3
    • 総合評価
    • ★★★★★

 どうにもならない世界。それを、これ以下はないというほど、暗く・重く映し出す。後味の悪い溜め息で終る。製作者の意図は十分発揮されて、成功の作品なのだろう。

 南国育ちの私には、津軽の海が分からない。ナマの津軽三味線を聞いたことがない。本当にこういうものだろうか。そうであれば、興味本位の軽い気分で訪問できるところではなさそうだ。

 私もかつては夢なり希望なりを抱いてTOKYOに出たことがある。怖い所だった。すぐに逃げ帰った。怒涛のような人の波と神経に響く轟音には耐えられなかった。それから比べれば、今の目の前の(荒いといわれる)玄界灘の波の音など、穏やかなものだ。心地よい。優しい。

 この作品は日本中が高度経済成長期で浮ついていた時代。田舎が切り捨てられた時代。あれから数十年、今でも北の海は同じ波音を響かせているのだろうか。白樺・青空の町にコブシ咲く ♪北国の春♪ が来るのではないのか。うちの方は、梅・桃が終わって、そろそろ桜が咲く。砂漠のような大都会でない限り、住めばミヤコのはずだが……。

(目が見えない娘さんが出て来る。こういう出し方は如何なものか。この映画で、この娘さんは目が見えていてはいけなかったのか。ましてや、彼女の視覚障害を“近親相姦”と関連付けるのは如何にも軽率ではないか。哀れを表現するのに目の悪い人を「使う」ことは他の映画にもあることだが、どれもこれも、哀れを誘うために「利用」されているだけのように見える。手っ取り早いのだろう。手法として安っぽいだけでなく、社会や人への理解度が浅いように、私には見える。)

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