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地球に落ちて来た男 (1976)

THE MAN WHO FELL TO EARTH

監督
ニコラス・ローグ
  • みたいムービー 36
  • みたログ 200

3.32 / 評価:74件

地球に落ちてきた男。いいね!

  • bar***** さん
  • 2017年11月13日 14時58分
  • 閲覧数 557
  • 役立ち度 0
    • 総合評価
    • ★★★★★

地球に落ちてきた男。うーん、なかなか名品ですね。これは。

でも意外と評価低いのね……(^_^;)
幻想的な映画だし、ストーリーを楽しみたい、という人には不向き。シンプルに映画表現を堪能したいという方にはベストマッチな作品だと思います。

デヴィッド・ボウイが出ているから見ようとした人は肩すかしを食うかもしれません。彼のことを見たこともないような人こそ、シンプルに表現を楽しむことができると思います。

この監督のセンスはなかなかいいと思います。音楽のセレクトや、独特なシーン構成、ちょっと謎めいたセリフ、色んなところに表現する監督の余裕がかいま見えて、リラックスしてハイセンスな表現を楽しむことができると思います。

ありがちなのが、突飛な表現をして耳目を集めようと狙っている二流のクリエイターたちの、余裕の無さから来るバランスのいびつさ。この映画は逆にバランスがよく、はみ出しがぜんぜんない。どんなに不思議な表現がなされても、枠の外から出ていかない。だから視聴者は自由にスタイルを決めて、独自の時間でこれを眺めることができる。比較的悪い作品は、図々しくも視聴者を「こう見ろ!」と掴んでこようとする。この作品はそうしない。それが表面的なことに過ぎず、くだらないことだと知っており、もっとも大事な宝物を奥底に隠しているからだ。

もちろん途中で少し間延びする。それはストーリーとテーマが明確になっていないから、視聴者が独自にそれを設定する必要が生まれるので、特殊な我慢強さが視聴者に要求される。

長い間見ていると、この映画は「人間とは何だろうか」という問いを投げかけているように感じられる。主人公のトミー以外の人間は、さまざまなものに取りつかれているように見える、どんな偉そうな口で自由人を気取っていたところで、だ。トミーはフラットな存在であるように見えるが、その分彼には深い隠し事があって、それが彼を泰然とさせているように見えるのだということが分かる。

トミーは誰も求めていない。「誰も嫌いにならない」というセリフがあるが、それはトミー自身に共同存在という概念が存在していないことを示しているのではないか? ラストシーンでそのことはもっとよく示唆的に暗示される。ブライス氏とメリー・ルーが恋人同士になっており、お互いとても老けている。しかしトミーは老けておらず、孤独を守っている。どちらが人間のあり方なのか、この映画は示しているのではないだろうか。トミーをずっとこの映画は追いかけていくせいで、われわれはトミーに感情移入している。しかしラストでほほ笑ましいブライスとメリー・ルーを見て、トミーが笑うのを見て、われわれはトミーが異邦人であること、異邦人であるということが何か、直感的に理解することができる。

関係性が希薄であるということに留まらず、お互い不気味な存在として考えられ、関係性の限界に行き着く。それがこの映画の示したかったことではないでしょうか。

とはいえ、この映画のキモはやはり表現の多様さとその深みにあると思います。ストーリーで楽しませることを念頭に置いていないと思うので、合わない人はきっぱり合わなかったと諦めるべきです。
でもいつか思い出したときにもう一度見てみてほしいと思います。人間は変わりますので。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • 悲しい
  • 不思議
  • 知的
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