田園に死す
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作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(36件)


  • mador

    5.0

    黙って見た

    理解できない領域かも、 失われた雰囲気と寺山修司、j.a.シーザーの世界観で構成された映画だと思う。映像は洗練されてる。 いろいろ本を読んだけど寺山修司が何を考えているのかさっぱり分からなくなった

  • エル・オレンス

    4.0

    ネタバレ寺山修司の抜きん出た芸術発想センスに衝撃

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • アニカ・ナットクラッカー

    4.0

    寺山修司監督の少年時代を基にした映像詩

    今回取り上げるのは、1974年末に公開された日本アート・シアター・ギルド(ATG)配給の『田園に死す』。翌75年のキネマ旬報ベストテンでは日本映画の6位に選ばれている。映画の顔となるのは青森県・恐山の荒涼とした風景だが、ここへ現実にはあり得ない摩訶不思議な人物や事象が割り込んでくる。題名にあるように稲わらが積み上がった田んぼの絶景も写される。 監督・脚本・原作は寺山修司で、寺山さん原作作品のレビューを書き込むのは「あゝ、荒野」(前後編)に続いて2作目だ。僕にとって寺山さんは「あしたのジョー」の主題歌を作詞し、演劇界で大きな業績を残した人として覚えていた。映画の全編で彼自身が作った短歌が読み上げられるが、かなり難解な歌が多く、読んで即座に歌の背景を思い浮かべるのは難しい。 主人公は15歳の少年・シンちゃんで、演じる高野浩幸は「超人バロム1」や「なぞの転校生」の主人公役、記憶に新しい所では「ウルトラマンティガ」のキリエル人イタハシ・ミツオ役が印象深い。シンちゃんは学生服・学帽が基本ファッションで、顔はキョンシーを思わせる白塗りである。白面の異様さが恐山の風景と相まって映画の「非現実感」の元になっている。 シンちゃんは恐山麓の村で母親(高山千草)と二人暮らしだが、暇な時はイタコの元へ行って昭和18年に亡くなった父親の霊と会話している。この地域の子供は、霊との会話を日々の楽しみにしているとは恐れ入る。ちなみに母親の顔は死人を思わせる青塗りで、畳を外した床下に向かって話しかけていたので、てっきり旦那の死体が埋まっているのかと思った。 劇中で人が死ぬ場面はあるが舞台は田園ではない。『田園に死す』という題名は、隣家に住む地主の嫁(八千草薫)が語る身の上に基づいている。嫁さんの実家はわずかな田んぼを所有する農家だったが父親は出征し、残った母親も心臓を患って田んぼは人手に渡ってしまった。荒れ果てた田んぼを掘り返すたびに、亡くなった母親の形見である赤い櫛が見つかったという。 僕にとって本作のヒロインは八千草さんではなく、父無し子を産んだ若い女性(新高恵子)である。赤い長襦袢を着て赤子を抱き、片手でデンデン太鼓を振り、白い犬を連れて歩く姿のインパクトは強烈だ。彼女は祟りを恐れた村人から迫害され、泣く泣く赤子を川に流す。非現実的な映像で悲惨さは緩和されているが、愛児を手にかける時の心情はいかばかりであろうか。 シンちゃんは20年後に映画監督になり、(映画製作当時の)現在のシンちゃんは菅貫太郎が演じており、彼が登場する現代パートは白黒で描かれている。年齢は35歳のはずだがかなり老けた容貌で、当時の30代は今の同世代とは姿が異なっていたのだ。現代のシンちゃんに対して、タイムパラドックスの質問を投げかける映画評論家を演じるのが名優・木村功である。 第2部に当たる短い現代パートの後、最終の第3部は過去と現在のシンちゃんが語り合うパートとなる。散漫になりそうで一本芯が通っているのは、表現者が自分の過去を脚色して描くのを、是とするか否かという明快なテーマがあるためだろう。ただし今から47年も前の映画で、21世紀の僕が観ても全て腑に落ちるわけではないため、私的評価は★4つとなった。 他に印象的な人物を挙げてみると、犬神サーカス団に所属する肉襦袢を着た「空気女」や旦那の「一寸法師」、八千草さんの夫となる押し花の製作を趣味とする男、黒い装束に眼帯を付けた老婆の群れ、荒野の中を赤い薄衣一枚で踊り回る謎の女などがいる。映画の冒頭で隠れんぼの鬼になる少女は、成長して新高さん演じる赤い長襦袢に女になったに違いないと思う。 八千草さんについて更に語ると、夫が布団を剥がすと寝ている彼女の横に巨大な鎌が置いてある場面はドキリとさせる。彼女は原田芳雄演じる風来坊のような愛人と良い仲になり、シンちゃんが酒を買いに行った隙に二人して心中してしまう。ここが前にも書いた、劇中で人が死ぬ場面である。ただしこの場所は田園とは言えず、いわば「荒野に死す」である。 連続する珍奇な映像は、寺山氏が作った難解な短歌をそのまま映像化したものと言えそうだ。珍奇な場面の極めつけは、昔と現在のシンちゃんが野外で向かい合って将棋を指すシーンになるだろう。背景には床屋や出征する兵士を見送る行列、葬儀の行列などが見える。こうした場面に何か意味を求めるのではなく、見世物小屋でも見る感覚で楽しむのが良いのだろう。 ラストは現在のシンちゃんと母親が向かい合って食事をするシーンである。壁が倒れると舞台は恐山ではなく東京の新宿で、映画に登場した新高さんやサーカス団の面々などが通りかかり、名残惜しそうに群衆の中に消えていく。背後のビルには住友銀行、富士銀行、マクドナルド、リッカーミシンなどの名前が確認でき、70年代の東京を写した貴重な時代資料と言える。

  • yok********

    4.0

    以外とその世界観に入りやすかったです。

    なんとなく、前衛芸術すぎて、とっつきにくいのかな?と、思っていましたが、 観ると、その世界観に自然と入ってゆけました。デザインを担当していた花輪和一さんのセンスが凄いです。ストーリーも面白かったです。

  • yam********

    3.0

    暑苦しい。生々しい。おどろおどろしい。

    すごいインパクトだった。ストーリーどうこうよりも、映像の、画の衝撃がものすごい。amazon primeで見たのですが、地上波で普通に流れていたら、見ている人は怪奇現象と勘違いするのではないだろうか。 平成、令和の映像では、真似は出来ても、作ることはできないような、独特の雰囲気で、“魂こもってます”という熱風がのしかかってくる。う~ん、暑苦しい。生々しい。おどろおどろしい。何やの、この世界観は。昭和の時代の持つエネルギー、寺山修司の持つエネルギー。体力のいる鑑賞でした。 血が飛び交うとか、霊やオカルトの類とかではなし。だから、グロくはない。でも、恐怖を感じる。不安定な世界、夢の中みたいな印象。とにかく、この映画で描かれている世界はすごいと思った。見る価値ありと思う。でも、最後まで見るのはしんどい。 シュールな登場人物たち。なぜか、顔が白い。何?どうして?出だしから、強烈なカウンターを食らう。戸惑う僕を置いてきぼりにして、変人たちが、普通に会話を重ねていく。いや、聞いていると、変な話も話している。途中からのサーカス団員たちは、一癖二癖とかいうレベルで片付けられないキワモノぞろい。 もう、クラクラする。気持ち悪いけど、決して安易な下品さは感じない。先に書いたが、グロではない。シュールで不安定な世界をちゃんと描いている。江戸川乱歩的な世界観、パノラマ島な雰囲気。でも、下品じゃない。上品とも言わないけれど。 映画を見ている2時間弱の間、僕は迷子になったようでした。どう解釈すればいいのか、どの切り口で楽しめばいいのか、戸惑うばかりの鑑賞。似たような映画なんか存在しない作品だと思う。迷子になって、やっと出口を見つけたと思ってドアを開けると、想像の範疇を越えたものが飛び出してきて、また迷子になってしまう。寺山修司は学生時代に数冊読んだことがあります。こんな映画を残していたのですね。唯一無二です。

  • ケンタウロス

    4.0

    祖父母の時代ってすごい

    ‪なんだろうこの…高熱にうなされながら見る夢がさらに凶暴化した感じ。グロくないけど、前衛的で常に不気味。 昔の田舎が全部トトロばりにのどかなわけもなく…日本文化の勉強にもなりました。

  • bar********

    5.0

    怪作

    田園に死す。なんと監督はあの寺山修司……実は彼が映画監督をしていたなんてぜんぜん知りませんでした。 で、この作品の評価なんですが、なんというかスゴイです(笑) 怪作ってこういうもののことを言うんでしょうか。やっていることの意味がちょっとよくわからなくっても、なんか素敵だなあ、って思ってしまう。理解不能でも説得力はある、というか……。 ほんとにスゴイと思ったんですよ。映像は迫力だけでなくって、意味がとてもがっちり詰まっているというか……恐山の風景とか、田舎の冷たく湿った感じとか、荒れた感じ、そして恐ろしい感じが一緒くたになって襲いかかってきても、実はぐちゃぐちゃじゃなくってすっきりと調和しているんです。そうなんですよ、とても綺麗なんです。だから不愉快にならずに落ち着いて見ることができるんです。 音の表現も独特ですが、ちゃんと意味があるので面白いです。ギターのギラギラした音とか、割れかかったような歌、歌詞の内容などはちょっとハードで棘がある感じですけどね……。 エロ・アングラなんていうのは、実は表面だけの話なんです。 根底にあるのは、もっと純粋な「自伝的作品を制作することによって、現実において何が変わるのか」という探究だと思います。 どぎついシーンはそのまま彼の過去の印象から生まれているのか、あるいはただの表現スタイルなんだと思います。挑発的なものがほとんど感じられなかった。 シュルレアリスムというより幻想的芸術とも言える映像表現は、彼の自分の記憶に関するイメージが重要な要素になっていると思います。また、記憶を再構築するという行為、に対する彼なりの解釈もそこには含まれていると思います。 記憶というものが幻想に近いものである以上、これを真実っぽく脚色するのはどうしてもしたくない、おかしな表現でもそのままぶち込んでやろうという彼の考えを感じ取りました。 現今の日本ではもう二度と見られないような、不気味な因習的社会……正直自分も子供の頃は、田舎って独自の色が強い、ちょっと恐ろしい場所だったと思っていたような気がします。冷たくて湿っていて、非合理的な世界……自分はそこから逃れたかった……でもときどき不思議と愛らしく思うのです。

  • sato46

    4.0

    アングラ?廃退的?タブーへの挑戦。

    差別、レイプ、間引き、乱交、親殺し、 あらゆるタブーに挑戦している感がありました。 中原中也、つげ義治の世界観にも通じる感じがしました。 廃退的な厭世感に浸ることができました。

  • pil********

    3.0

    難しい

    独特の世界が構成されているので、気になって途中で観るのをやめようとは思わなかったが、観終わった後どう感じればいいのかわからなかった。

  • bur********

    3.0

    寺山のアマルコルド

    色彩豊かな映像、少年時代の思い出やサーカス、豊満な女性(空気女)のイメージから『フェリーニのアマルコルド』を思い出しました。 構造的には、現在の自分と少年期の自分が過去に出会う『リアリティのダンス』のようでもあります。 しかし、『リアリティのダンス』は、過去を受け入れることによって自分(監督自身)を肯定するのに対して、『田園に死す』は、自分を否定しているために過去を変えようとするので、本質的には全く違います。 まあ、なんだかんだ言っても、寺山修司の映画はよくわかりません(^^; ラストの、少年が寺で犯される場面から親子二人差し向かいでの食事場面がくどいし、“終”の文字が流れてからしばらくホワイト・スクリーンを見せ続けられたのにはウンザリしましたが、白日夢のような世界を描く映画は嫌いではなく、観て良かったと思いました(あくまで「他の作品よりは」ですがw)。 シネ・ヌーヴォの「寺山修司生誕80年」、未見は残すところ『書を捨てよ町へ出よう』と『さらば箱舟』の二作です

  • i_a********

    5.0

    考えるな!感じろ!

    何が言いたいのかを理解しようとしても駄目な作品だと思います。 私は劇中の雰囲気は好きですが、まぁ観る人を選ぶ映画ではないでしょうか。

  • sak********

    5.0

    ネタバレ少年の前に立ち塞がる狂気

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • gh1********

    4.0

    アートだと思う

    原作とともにこの時代だからこそ実現した。 現代の軽い形容詞では言えない。 これを好しとするのは自分の感性。 こういう映像は今は作れない。

  • 4.0

    ネタバレ地獄の田園

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • roc********

    5.0

    ネタバレ寺山修司の最高傑作!

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • kat********

    4.0

    ネタバレいつか見た気がする悪夢

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • Julie

    1.0

    吐き気が…

    私はこの作品を二度と見たくないので,備忘のために記録を残す. 長谷川和彦『青春の殺人者』は私の中では高評価(好評価). ストーリーは考えさせられる内容で良い. それなのに何故か,この作品は吐き気をもよおす. 私の身体には不向きのようだ.

  • reo********

    3.0

    ネタバレ寺山の自叙伝

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • mil********

    4.0

    ネタバレ悪夢と現実の間に

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • agu********

    4.0

    ぶっ飛んだ方向に洗練された映画。

    自分の頭の中のイメージを文字にする時 そこに美化が生まれる。 文字にされた言葉が自分の過去を殺す。 映画の中でも自由になれない自分。 そんないろいろな思いをぶつけた結果 訳のわからない映画になっているが、 葛藤が映画にぶつけれれており訳は 分からないがしっくりくる。 また、同じく訳が分からないが斬新な 映像を見せられ無駄に感動する。 サルバドールダリの映像を見せられているような 気分に陥る。 劇中でサルバドール・タリという偶然にも必然的な 役者が出てくるが、個人的には寺山が意図的に起用した 役者だと勝手に解釈している(事実、彼は寺山の作品群で のみ起用されている) また、個人的に原田芳雄は一風変わった映画には欠かせない スパイスになっている気がする(ツィゴイネルワイゼン然り)

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