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略称・連続射殺魔 (1975)

A.K.A. SERIAL KILLER

監督
足立正生
  • みたいムービー 3
  • みたログ 10

2.67 / 評価:3件

センスはいいが格好だけ

  • cpd******** さん
  • 2010年4月18日 18時43分
  • 閲覧数 849
  • 役立ち度 8
    • 総合評価
    • ★★★★★

「彼(永山則夫)はピストルの引き金を引いたから少年拳銃魔になったのではなく、少年拳銃魔だったからピストルの引き金を引いたのだ」(寺山修司)
     vs
『反ー寺山修司論』(永山則夫著)

青森県出身の同郷でありながら、最期まで互いを受け入れようとはしなかった。(正確には永山は北海道網走市呼人番外地生まれ。後に、彼を捨てた母親の実家がある青森県北津軽郡板柳へ移る)
性悪説まで飛び出し、感情的になった?寺山をしてそうまで言わしめたものは一体何だったのか。


映画はドキュメンタリーの形を取り、永山の足跡を辿ってゆく。前半部こそナレーション(解説)が入り、およそ画の意味合いが解せたのだが、途中からほとんど画とバックに流れるフリージャズだけになり、よく分からなくなっていく。北海道、青森、東京、京都、大阪、名古屋、横浜?とロケ地が目まぐるしく変わり、混乱する。なるほど、趣深い景色やデカダンスな被写体にカメラは向けられ、音楽とのコラボレーションが絶妙のテイストを醸し出す作風は好感が持てたのだが、彼や事件にまつわる関係者のインタビューが入るでもなく、なんか良くわからないまま突然終わってしまう。


そもそも、アングラフォーク全盛期と時を同じくして起きた凶悪事件だったので、やはりこれまた同郷のフォーク歌手・三上寛や高田渡などが永山をモチーフにした曲を書いたりしていて、僕は興味を持った。それらの詩は一様にほとんどが永山則夫をどちらかというと肯定的に捉えている。

作品は、では永山に対して肯定的だったのか否定的だったのかさえ分からず、ただスタイリッシュにPVよろしく延々と垂れ流されるのみ。そこにはメッセージの何物も見いだせない。少なくとも、何故この事件が起きたのか。その一点だけでもロジカルに語られねばならなかった。


本作を手がけた足立正生は特異な監督で、実際にパレスチナ解放戦線に身を投じ、レバノンで拘留された経験を持つ赤軍派革命戦士でもあった。よって、あの若松孝二とも交流があるのもうなずける。


台詞も会話もない映画。
「映像作家」としてのアヴァンギャルドなセンスは面白い。ジム・ジャームッシュやロマン・ポランスキー、アキ・カウリスマキだのの影響を受けたような欧州風の手法も特筆されるべきかもしれない。だが、映画として語られねばならない以上、総合評価は低くなってしまう。

いかんせん物足らない。もっとこの事件の「本質」を深くえぐるべきだった。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • 切ない
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