レビュー一覧に戻る
本陣殺人事件

真木森

5.0

ヒッピー金田一の青春の彷徨ストーリー

 1960年代、横溝正史は一部の好事家を除いて忘れられた存在でした(松本清張の社会派推理小説が全盛期だった)。が、皆さん知っての通り70年代に再評価が進み、角川メディアミックスによる『犬神家の一族』で金田一耕助シリーズは一躍時代の潮流を成したのでした。そしてこの映画はその機運が巻き起こる前夜、ATGで公開されていた作品です。そしてこの映画こそ横溝正史的世界の映像化に最も成功した、神品とも言うべき傑作なのです。  「金田一=中尾彬がヒッピー風で、らしくない」「謎解き・犯人探しの部分が損なわれている」などの批判もありますが、それはあくまで角川映画の金田一を見たり、推理小説としての傑作である原作を読んでのコメントです。この映画は映画自体として独立して素晴らしいのです。横溝正史自身、「この作品は谷崎潤一郎の『春琴抄』の影響がある」と認めているのですが、そんな耽美的世界観を原作以上にくみ取って映像化した高林監督の作家魂に敬服するしかありません。凍り付いた様な限りなく美しい画面と閑寂に満ちた音楽、完璧に再現された凶器移動のトリック(原作を読んだだけではよく分からなかったのに、この映画で初めて「そうだったのか」と感心したミステリー・ファンは私だけではないはず)、一柳賢蔵という難役に見事な性格設定を持たせた田村高廣の存在感…。心ある識者がこぞって絶賛しているのも故あるものと言えましょう。 しかしやはりこの映画で特筆すべきは、主人公である金田一耕助の立ち位置です。推理・捜査し、当事者の心境に思いをはせ、挑発し、事件を解決へと導いていくのですが、そこにはそこはかとなく異郷者としての「断絶」の哀しみが見え隠れします。唯一心を通わせた少女、鈴子も帰らぬ人となり、そしてやはり金田一は過ぎ去っていくのです。決して当事者たり得ない、探偵としての宿命。それは自分探しの旅を続け、当て所なくさすらい続けた当時の若者像につながります。人里離れた村落での濃密な人間関係、それへの憧憬とカタストロフィとの対峙。あまり語る人がいないのですが、これは見事な青春の彷徨ストーリーなのです。見事にATGしています。傑作選に選ばれたのも当然。是非見て下さい。

閲覧数815