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アルジェの戦い (1966)

LA BATTAGLIA DI ALGERI/LA BATAILLE D'ALGER/THE BATTLE OF ALGIERS

監督
ジッロ・ポンテコルヴォ
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4.29 / 評価:80件

沈黙と叫び

  • すかあふえいす さん
  • 2017年4月25日 7時48分
  • 閲覧数 1209
  • 役立ち度 0
    • 総合評価
    • ★★★★★

ジッロ・ポンテコルヴォによるドキュメンタリー・タッチの皮を被った戦争映画の傑作。
ロベルト・ロッセリーニ「戦火のかなた」といったネオ・レアリズモの流れを組むリアリティ、スリリングなやり取りの連続で飽きさせない。

密室で裸にされ、火傷のようなものを胸に負い、震える男を囲む軍人らしき男たち。隣に置かれているのは水桶だろうか。
恐怖で怯え、涙目になった男に軍服を着せ、弱々しく「叫び」ながら窓から出ようとする男を押し止め、扉の向こうへ連れ去っていく。抵抗する力を奪い尽くして。

お次は機銃を装備した軍隊がアパートに雪崩れ込み、壁の向こうで“耐え続ける”者たちに最後の警告を発する。抑圧され、抵抗し続けた者たちに与えられる最後の選択。
そこから物語は「なぜそうなったのか」を解き明かすために過去へと遡る。

刑務所、窓・穴という穴から目撃される“断頭台”による処刑。アルジェリアという場所で育ってきた習慣、宗教、支配者であるフランスとの文化の違い。

隠され増幅されていく復讐の念。街中に武器を隠し、ベールの下から手渡し、拳銃・マシンガンによって一人一人確実にブッ殺していく暗殺。
やがて負の連鎖は運び込まれる“起爆剤”によって文字通り爆発的にエスカレートしていく。哀しみは怒号となって群衆を津波の如く突き進める!

女たちが髪をとかし、切り落とし、染め上げ覚悟を決める“荷運び”。地毛を染める必要の無かった愛する者との結婚、染める必要のある憎むべき敵の抹殺。

ザル警備を挑発する様に多発する爆破テロ。同じような音楽が流されるのは「お互い同じ気持ちだった」と言いたいのか、それとも「どっちもどっちだ」と言いたいのか。
市街地で繰り広げられる銃撃戦、車上からの機銃掃射。無差別にされたら無差別に殺り返す憎悪のぶつけ合い。

老人だろうが子供だろうが容赦なく襲い掛かる“人種差別”という名の暴力。物売りをしていただけの子供でさえ、同じ人種というだけで「やり場のない怒り」を向ける捌け口にされる。仕事とはいえ身を挺して子供を庇い連れ去っていく警官たちの姿には思わず震えた。

井戸、壁の中はアルジェリア人にとっては命を繋ぐ安全地帯。フランス人には敵が何処に潜んでいるのかという恐怖。

後半は民衆と軍隊の激突が本格化していく。

整然と行進する軍隊の頼もしさ、恐ろしさ。
ヘリが飛び交い、武装した軍隊が建物の上まで睨みを利かす。機銃を突き付け、窓ガラスをブチ破り、シャッターを引きはがし、ドアを蹴破り押し入るガサ入れ。籠城野郎やアマどもは建物ごとダイナマイトで吹き飛ばす!

叫び続け“断念”することを選ぶ者もいれば、沈黙を貫く者もいる。同胞たちは、何も出来ない・してやれない悔しさ哀しさに黙って涙を流しながら耐えるしかなかった。

それが国の、自分たちのアイデンティティが刻まれた“旗”を掲げ、叫んで叫んで叫びまくりながら市街地を埋め尽くす瞬間!殺したきゃ殺せ!殺しきれるものならしてみろと言わんばかりに人々の行進は止まらない。

もうもうと白い煙がたちこめる路上。煙の向こうから咆哮を束にして旗を振り回しながら押し寄せる人、人、民衆の群!もはや彼等・彼女等のエネルギーは誰にも止められないのだ。
男たちの“沈黙”によって幕を開けた物語が、女たちの“叫び”とともに締めくくられる。いや、アルジェリアの人々にとっては新しい時代の“始まり”を告げる歓喜なのかも知れない。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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