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チャイニーズ・ゴースト・ストーリー2

チャイニーズ・ゴースト・ストーリー2

倩女幽魂Ⅱ: 人間道/A CHINESE GHOST STORY II

103

xi_********

3.0

リメイクの続編はオリジナル!?

87年にツイ・ハークが製作した『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』は、60年に李翰祥(リー・ハンシャン)監督が手掛けた『真説チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』のリメイク。双方の原作は共に中国の怪奇古典「聊斎志異」の中の一篇(短篇)である「聶小倩」で、その原題も共に『倩女幽魂』。 そして本作は、87年版『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』の続編です。 この続編『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー2』の注目すべき点は、上述の通り原作古典小説を基にしたリメイク映画の続編でありながら、その実体は完全なるオリジナルとして存在していること。 最も原作のある映画やリメイク映画の続編をオリジナル展開させるだけなら、そう驚くには値しません。実際、最近のハリウッドでも『オーシャンズ11』、『チャーリーズ・エンジェル』、『トランスフォーマー』等々、続編を自由に展開させている映画は枚挙に暇がありません。 この映画の驚嘆すべき(と言うか呆れる)ところは、原作や60年版(オリジナル)は当然、活劇色が前面に押し出された87年版(リメイク)さえも「怪奇譚」としての枠組みだけは一応保っていたのに、本作はその「暗黙の強制」をも気軽に乗り越え、最早単なる怪獣映画として成立していると言う事実。 本作の特異性を理解するには、その原題を知るのが早いかと思います。 原題は『倩女幽魂?:人間道』。 つまり、本作の重心は人間に傾けられており、一貫して人間の書生と成仏出来ない幽女の邂逅を描いてきた原作、60年版、87年版のどれとも、その一点で本質を異にしているわけです。 製作にツイ・ハーク、監督にチン・シウトンと言うタッグは継続。当然ながら主導権は前者が握っており、後者はそのアイデアの実践に傾注しているはずです。それがこのシリーズを原作や60年版から逸脱した展開に追い込んでいる元凶(?)である一方、だからこそこのシリーズがこれほどのバラエティ色豊かな魅力を備えていられることも間違いない。 87年版の時点で既に活劇映画としての魅力が勝り、原作「聊斎志異」や60年版が持っていた古典怪奇譚としての魅力は霧散しています。唯一、その基本軸(書生と幽女の悲恋)だけはズレがなかったのですが、ツイ・ハークは本作で、これまで都合三回繰り返されたこの基本軸からの離脱に挑戦しています。 それこそが李翰祥と自身が創作した『倩女幽魂』の、そして原作「聊斎志異」の世界を舞台に展開する「人間同士のラブ・ストーリー」であり、その障害(敵)となる「怪獣に立ち向かうアドベンチャー」と言う、如何にも彼らしいオリジナル物語なのです。 前作のレビューで、私は「怪奇譚としての面白みはない」と述べましたが、本作ではそれが「マイナス」の次元に突入しています(苦笑) 前作で展開された書生・寧采臣(レスリー・チャン)と幽女・聶小倩(ジョイ・ウォン)の悲恋物語は、何故か本作で、義賊・傳清風(ジョイ・ウォン)との出会いへと承継されます。そこに絡むのは前作から引続き登場する剣客・燕赤霞(ウー・マ)を始め、傳清風の妹・傳月池(ミッシェル・リー)、流浪の道士・知秋一葉(ジャッキー・チュン)等、全て「現世の者=人間」。そんな彼らが最終的に世を乱す怪獣へ立ち向かうことになると言うのが本作の物語。 但し、この変化の代償として失ったものは小さくありません。何よりジョイ・ウォンの魅力の喪失は痛い。幽女役だからこそ醸し出せた前作の儚さを人間役の本作に求めることは酷で、これは完全にツイ・ハークの見込み違いだと言えます。 本作最大の見せ場となるクライマックスの戦いも然り。チン・シウトンが指揮するそのアクションや仕掛けは前作以上と言えます。但し、前作が「聶小倩の解放」を目指した「愛ゆえの戦い」であったのに対し、今回は「世のため、人のため」の「怪獣退治」となるせいで、そこに前作以上のドラマ性を求めることは出来ません。 因みに、本当は妖怪と言うべきこの巨大ムカデやその他の妖怪が、(相変わらず)その造形が異様に陳腐なせいで「怪獣」としか形容出来ない有様なのは目を瞑って下さい(涙) 原作要素を完全に捨てた続編。 リメイクの続編にしてオリジナルの世界へ足を踏み入れた続編。 色々と粗が多いのは事実ですし、そこに展開される物語は『倩女幽魂』でも「聊斎志異」でもありませんが。 怪獣退治の活劇映画としてなら、他人(ひと)に薦めるのもやぶさかではありません(笑)

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