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復讐するは我にあり

R15+140
復讐するは我にあり
3.9

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作品情報上映スケジュールレビュー

あらすじ・解説

解説:allcinema(外部リンク)

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予告編・動画

作品レビュー(107件)

不気味20.8%恐怖19.9%絶望的18.1%セクシー10.0%悲しい8.6%

  • kaz********

    3.0

    復讐する相手が権力じゃなく庶民ではなあ

    他の視聴者からも「なぜこの映画の評価が高いのか」と疑問の声があるように、私も同じ思いである。 福岡で専売公社の集金人二人を殺し41万円を強奪したのを手始めに、東京で弁護士を、浜松では旅館の女将とその母の計5人を殺した稀代の殺人鬼・榎津巌の生きざまを描いている。 巌は少年の時、大方がクリスチャンである島のリーダーの父が、戦争のために船の供出を強要されそれに抵抗しなかったことに不満を持った。大きくなった巌は親の薦める女性との見合いを断わり加津子と結婚した。しかし、加津子は粗暴な巌より穏やかな父親が好きだった。 巌は福岡の事件後、大学教授や弁護士の名を語り、うまく人の善意に付け入って詐欺を繰り返し各地を逃亡する。東京での弁護士殺しはいとも簡単に行われる。ただ、不思議だったのは、巌が殺人鬼だと知った後も性行為を繰り返し同じ屋根の下で生活する旅館の女将・ハルとその母親・ひさ乃の態度である。映画館のニュースで指名手配の写真を見て巌が殺人犯だと知ったら、警察に届けるところだがそうはしなかった。ハルは若い男からも旦那からも性のはけ口に利用され、本当の愛を巌に求めていたのだろうか。虐げられた生活を送ってきたハルが可哀そうだった。 問題はこうした巌の生き様を英雄視したかのような描き方だ。取り調べ中の巌と刑事がまるで立場が逆転したかのように、巌の方が上から目線だ。刑執行時も「立派な死に様だった」と刑務所長から手紙が来たと、父親に言わせる。 『復讐する』相手は誰だったのか。面会時に父親の吐く『恨みのない人しか殺せん』という言葉が印像的。弱い庶民を何人殺しても復讐にはならない。天皇の名により島民の糧を奪ったあの権力こそが対象ではなかったのか。

  • tok********

    5.0

    こういう作品はあまり好きじゃない

    榎津巌を演じる緒形拳が凄い。殺人鬼の恐ろしさが如実に表現されていて、なとも薄気味悪い映画だった。日本アカデミーを受賞してるらしいが、こういう作品はあまり好きじゃない。

  • たーちゃん

    5.0

    ネタバレ殺人鬼 榎津巌

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • moc********

    1.0

    なぜ高評価かわからない

    方言が強すぎて全く理解できないためサブタイトルを読んでやっと理解できた。音源が悪くて聞き取りにくいことも原因。 昭和の時代に、これをアカデミー賞としたのは何故?何でアカデミー賞なのか不明。 作品の言いたい事は何だか訳がわからなく、安っぽいストップモーションで完結。これはひどい終わり方だね。予算がなくなったのかしら。それにしても、殺人とセックスシーンばかりで、バカなエロ親父の欲望を映像化しただけの駄作だとおもいますね。ふんっ、クソみたいな作品だ。 多くの人が「すごかった」とか言ってるけど、薄っぺらいね。

  • アニカ・ナットクラッカー

    5.0

    稀代の殺人鬼・榎津巌は人たらしだった

    今回取り上げるのは、1979年の松竹映画『復讐するは我にあり』。今村昌平監督の作品レビューを書き込むのは初めてだが、「カンゾー先生」を映画館で、「黒い雨」と「うなぎ」をテレビで観たことがある。この年のキネマ旬報ベストテンでは日本映画の1位に輝き、日本アカデミー賞では最優秀作品賞を受賞している。70年代を代表する日本映画の傑作である。 原作は直木賞を受賞した佐木隆三の小説で、この人の小説では他に「海燕ジョーの奇跡」「南へ走れ、海の道を!」が映画化された。主人公・榎津巌のモデルとなったのは、実際に昭和38年に5人を殺害した元死刑囚・西口彰である。殺人を犯すのに躊躇しない残忍さの一方で妙に人の心をつかむのが上手い、他に類例のない犯罪者を演じた緒形拳に目を奪われる。 実際の緒形拳は腰が低く丁寧な物腰で、若いスタッフのことを気遣う紳士であったという。ちょうど「砂の器」で殺される元巡査のような人なのだろう。本作の榎津は「砂の器」とは真逆で、金のためには詐欺を働き、人を殺す事を障害物を取り除く程度にしか考えていない。自分の人生の中で、こういう人間に関わらなかったのを神様に感謝したい気持ちになる。 神様といえば『復讐するは我にあり』というタイトルは、榎津が世の中を恨んで犯罪によって社会に復讐するという意味かと思ったら違った。これは新訳聖書にある言葉で、悪人にそれにふさわしい罰を与えるのは神だけであり、人間が復讐を考えてはいけないよという意味だった。これを知るとタイトルの意味と映画の主題がストンと胸に落ちたような気がした。 映画は榎津が逮捕されて、警察の取り調べが始める昭和39年からスタート。警察の手に落ちた榎津は堂々としたもので、その姿に後悔は全く感じられない。物語は榎津が最初の殺人を犯した昭和38年に遡り、彼が何をして逮捕されるに至ったかを回想形式で解き明かしていく。前半は彼の少年時代や昭和34年にも時代が飛び、時間軸があちこちに移動して複雑な構成である。 榎津は長崎県・五島列島のクリスチャン一家の出身で、戦時中に国の命令で無理矢理に船を供出させられ、天皇に忠誠を誓わされた時の屈辱が父親の鎮雄(三国連太郎)や世の中を恨むきっかになったようだ。一家は国からもらった保障金を基に別府に移り住んで温泉旅館を経営するが、性格の歪んだ榎津は少年刑務所に入り、成長してからも犯罪を繰り返す人間になっていた。 そんな榎津も加津子(倍賞美津子)という女性と結婚し、実家にほとんど寄り付かずに悪事を繰り返す夫と違って、加津子はかいがいしく温泉旅館の手伝いをする。彼女は義父の鎮雄に惹かれており、鎮雄が年老いて寝たきりになっても「毎日養老院に通い、お義父さんの涎を舐めてあげる」と宣言するほどだ。ラストで榎津の遺骨を散骨するのも鎮雄と加津子の二人である。 もう一組スポットが当たるのが、浜松で榎津が泊まる旅館を経営するハル(小川真由美)と母親のひさ乃(清川虹子)である。ギャンブル好きのひさ乃は殺人を犯して刑務所に入ったことがあり、いわば榎津の同類だ。競艇場や鰻の養殖場で二人が交わすやり取りは、映像の美しさといい「嵐の前の静けさ」的な雰囲気といい、本作を代表する名シーンになっている。 粗暴な旦那(北村和夫)に支配され鬱屈した生活を送っていたハルは、大学教授と称して宿泊する榎津に惹かれていく。彼の正体を知っても警察に通報せず「どこかへ連れて行ってほしい」という願望を持ち続けている。彼女が自分の死を受け入れるように、首を絞められる場面は悲しい。警察の取り調べでも、榎津はなぜ殺したのか自分でも説明できないと語っている。 池袋で榎津とハルが入る映画館で上映されるのがソ連の戦争映画「ヨーロッパの解放・第3部」で、「翻訳:清水俊二」の名前も確認できる。上映に先立ってニュース番組が流れ、ここで指名手配犯として榎津の顔写真が映される。僕が映画館でニュース番組を見たのは、1984年に有楽町マリオンのオープン直前、この地区の変遷を捉えた「日本ニュース」が唯一である。 映画の中で惹かれた部分を挙げてみよう。浜松の旅館で布団に寝ころびながら「地図を見るのが好きなんだ。日本は狭いようで広い。まだ行ったことのない場所がたくさんある」と呟く場面。このセリフだけで、榎津が凶悪な連続殺人犯であると想像するのは難しい。ラストで降りてくるロープウェイに乗っている、白装束のお遍路さんの群れも忘れられない。 榎津のような犯罪者に共感できるかと言えば、そんな要素はゼロである。彼に利用され殺された人々はお気の毒と言うしかない。しかしラストで骨になって空に飛び散る場面を見て、彼のような人間を生み出した社会の業と、そんな社会で生きていかなきゃいけないという、諦めと決意が入り混じった複雑な思いに囚われる・・・、そんな映画体験も時には必要であろう。

スタッフ・キャスト

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緒形拳榎津厳
三國連太郎榎津鎮雄
ミヤコ蝶々榎津かよ
倍賞美津子榎津加津子
清川虹子浅野ひさ乃
殿山泰司柴田種次郎
垂水悟郎馬場大八
絵沢萠子畑千代子
白川和子吉里幸子
浜田寅彦吉野警視
フランキー堺河井警部
北村和夫出池茂美
火野正平吉武順一郎
佐木隆三「あさの」の客
梅津栄警官
金内喜久夫国鉄助役
加藤嘉河島共平
小野進也主計中尉
石堂淑朗裁判長

基本情報


タイトル
復讐するは我にあり

上映時間

製作国
日本

製作年度

公開日
-

ジャンル