Keiko

117
Keiko
3.2

/ 15

13%
33%
13%
40%
0%
作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(9件)


  • WXYは知ってても、それだけじゃ

    2.0

    構えて、見合って、はっけよい、残らず。

    ヒロインの喋り方が良く言えば素人っぽい、少しの不自然さを残す。 ヒロインの何気ない愛の遍歴、日常を描いてる風を装いつつ、やってることは特異。元の教師との不倫、喫茶店で引っ掛けた男との不倫、同僚との友情とも同性愛ともつかない同居。で、結局最後は親の決めた形に従う。不倫に執心するタイプのヒロインの物語の結末としては違和感を残す。 最後の伏線もどきの意味も不明。思わせぶりで点を稼ごうとする感じの作品。

  • bee********

    5.0

    ・・・・・・・・・・・・・・。

    このレビューに誰も共感されないと思うのですが(笑)...、 『Keiko』が世界でいちばんスゴイ映画だと思っています!!! 現実と虚構を超える、映画という媒体でしかできない、壮大な実験です。

  • mar********

    3.0

    ATGっぽい映画

    ATG映画を久しぶりに見た。 何だか、アングラっぽくて、懐かしい感じ。 会話も、「セリフ」というよりつぶやくような普通の会話っぽくて ストーリーも派手な演出がなく、どちらかというと坦々としている。 全体的に、映画映画していなくて自主映画っぽい。 それでいながら、一通りのまとまりのある映画に仕上がっていると思う。 そこが魅力の映画だと思う。

  • daw********

    4.0

    こういうのもありですよね

    これといって盛り上がりもなく、一人暮らしの若いOLの 日常をドキュメンタリー映画の如く淡々と描いていて、 ちょっと映画文法からずれた作風なんですが、それが 微妙な味わいとなって時間の経過とともに作品に 引き込まれ不思議と何度も見てしまうのです。 監督は京都に在住していたカナダ人の クロード・ガニオン氏ですがよくある外国人の目から 見た日本なり日本女性という構成にはなっていなくて、 純粋に男性なり家族なり、そうした関係性の中で 育まれていく女性の生きざまを丹念に描写しながら 女性の生き方を問い詰めた作品になっています。 京都を舞台に、当時、京都大学の学生だった若芝順子さんを 主演のケイコ役に起用して、またその他の配役も無名の 役者さんか素人さんです。 そのせいもあってか、芝居がかっていない主役と初めて 見るキャストに不思議なリアリティーを覚え、生活感が濃厚に 感じられるのです。ケイコ役の若芝順子さんは、おそらく この作品が最初で最後だと思うのですがケイコを演じる ためにだけ人生のほんの少しの間、カメラの前に立ったか のようできっと、この役以外は演じることができないことを 悟ったのだと思います。 最初は台詞回しも仕草もぎこちないのですが、時間の経過と ともにケイコになっていくのがわかります。画面の中で ケイコとして成長していくのです。ストーリー展開の順に 撮影したのかどうかはわかりませんが最初と最後では 全く別のケイコなのです。 大学を卒業してOLになってから、狭いアパートで一人暮らしを しているケイコは一見、自由な生活を楽しんでいるように 見えるのですが、特に親しい男性がいるでもなく、会社と アパートを往復するだけの単調な生活に、寂しさと焦りを 感じています。高校時代の恩師に連絡をして会って、何軒も 飲みまわって初めての経験をする。でも、それはその場限りの ことで、空虚な心を満たしてくれるわけではない。 喫茶店で、好みの男を見つけて、何とか男の気を引いて部屋に 誘います。この狭いアパートの一室で二人の関係は続いて いきます。ケイコは幸福感に満ちた日々を送るのですが、 ある時、男が家庭持ちで、ただ単に自分が欲望の対象でしか なかったことを知ることになります。こうしてあっけなく 二人の関係は終りを迎えるのです。 そんなとき、会社の先輩女子社員カズヨと深い関係になり 同棲を始めるようになります。カズヨと一緒にいるとすべてが 満たされ、ささやかながら将来の夢も語り合うようになります。 けれど、こんな幸福な日々が続くことに自信も持てず ケイコは親の一方的に勧めるお見合い相手と結婚することを 決意します。 昭和54年の作品で、当時としては同性愛を扱ったという こともあり、注目を浴びますが、同じ年に各賞を総なめにした 東陽一監督の「もう頬杖はつかない」が女性の自立を題材として 新しい女性像を表現したのに反して、ケイコは結婚という 従来通りの価値観のままの選択でエンディングにしています。 しかし、花嫁姿での取り繕ったケイコの笑顔には、敗北感にも 似た感情が読み取れ、何より冒頭シーンで映画館の中で痴漢を する男と見合いした結婚相手の男が同一人物という配役に 監督が意図したかったのでしょうしがらみから脱しきれない 他律性を読み取ってしまうのです。

  • mal********

    2.0

    普通すぎて映画として観られなかったです。

    1979年に公開された映画です。 自由に生きる女性ケイコ(若芝順子)と彼女が過ごす日常をドキュメンタリー・タッチで描いた本作は、フラン人監督が撮った日本映画ということもあって公開当時話題になってましたし、映画的評価もそこそこ高かったことを覚えています。 あまりにも普通の日常を、これまた普通すぎるくらい普通に描いてるので、果たしてこれは映画なのかとか、演技なのかとか、演出なのかといった、変な感覚に陥ってしまいました。 いろんな経験をして、やっと気持ちが許せる女友達と暮らし、さてこれから本当の幸福が…という展開になった途端、いともあっさり別の人生を、しかも平凡な人生を選択したケイコさんに少々拍子抜けしました。 それから同じ男優さんが違う役柄で登場するのですが、これは運命的なことを意図して演出してるのか、それとも予算不足で仕方なしの処置なのかが疑問なんですが、監督さん真実はどうなんですか?

  • tak********

    2.0

    ネタバレ下手すれば退屈な作品

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • jankenlee

    5.0

    よき時代

    15歳の時、戒厳令の夜を一人で観に行ったら、同時上映されていたこっちの作品に吸い込まれました。 ストーリーは何て事ないOLの日常物語ですが、恋愛、不倫、同性愛…15歳の自分には十分過ぎる刺激でした。主演の若芝順子さんも極めて普通の人で、小ぶりのオッパイにドキドキしました。 深町純さんの音楽が切なくて、何度観ても懐かしさを感じる自分にとっての永遠の青春映画です。 娯楽を求める人にはオススメしません。

  • pin********

    2.0

    自然さを装う不自然さ。

    僕の学生時代話題になった作品です。 等身大の若い女性を「自然」に描いたものということでした。 でも、今見ると、なんとも不自然な感じがします。 特に会話が何とも不自然なのです。 自然さを装う不自然さとでも言ったらいいのでしょうか。 それに、いったい何を描こうとしているのか全く見えてきません。 あの時代の風俗だけは懐かしく感じたのですが、それだけのものでしかありません。 親元を離れて京都で暮らすOLケイコ。 喫茶店でであったカメラマンの青年に恋をし、肉体関係を持ちます。 結婚まで考えるのですが、その青年が実は妻帯しており、子供までいることを知り、失意のうちに別れます。 会社の同僚の青年から慕われ、旅行などもしますが、失恋体験からか本気になれません。 そんな中、ふとしたきっかけから同じ会社の女性社員と同性愛の関係になり、会社を辞め二人で家を借りて暮らし始めます。 ケイコは昔取り組んでいた油絵を再開し、同性愛関係の恋人をモデルに絵を描き始めますが、満たされるものを感じることができず、父の勧めるままに見合い結婚をすることになります。 …と、こうして、ストーリーを追ってみても、「だからなんなの?」としか言えません。 『もう頬づえはつかない』などもこれと似た映画でしたが、あちらはきちんとした役者を使い、若い女性の憂鬱をきちんと描いていました。 ところで、冒頭ケイコが映画館で痴漢にあうシーンがあるのですが、ここで痴漢を演じていた青年と、ラストのケイコの結婚相手の青年は同じ役者さんです。 役者不足でこうなっただけでしょうか、それとも何か意味があるのでしょうか。 なんとも不思議です。 この映画を最後まできちんと見るには、かなりの忍耐がいると思いますよ。

  • いやよセブン

    3.0

    昭和54年の若者がリアルに

    keikoさんは京都で一人暮らし、23才になるがまだ処女なのを悩み、恩師を呼び出して愚痴ったりする。 好きな男にアタックし、処女を卒業するが手痛く裏切られ、男はもうこりごり。 そこに職場の同僚カズヨさんが登場、レズだったが一回こっきりで、親友としての関係が生まれる。 郷里の父親からは見合いで帰ってこい、との催促。 全体がドキュメンタリータッチで、素人さんも含め、演技が自然なのに驚く。

1 ページ/1 ページ中