地獄の蟲
作品レビュー(1件)
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5.0点
松田映画社という、古いサイレント映画提供の会社が制作した新しいサイレント映画。 かつて坂東妻三郎が主演し、稲垣浩が監督した同名のトーキー映画をサイレントとしてリメイクした作品。 昨年、『アーティスト』というフランスのサイレント作品が、2011年度のアカデミー賞外国語映画賞を受賞し、話題になりましたが、いまから30年前にも、日本で同じような試みがなされていたわけです。 物語は、江戸時代、金貸しの豪農を襲った盗賊団の逃避行を描いたもの。 主演は旧作の主演をした坂東妻三郎の子どもの田村高廣。 千両箱を背負って山中を逃げ回るのですが、次第に飢えと疲労から仲間割れをし、一人一人倒れていきます。 非情な話ではありますが、全編から感じられるのは底辺に生きる人間たちの哀歌です。 強盗団とはいえ、生まれながらの極悪人ではなく、生活の苦しさから、やむに已まれず強盗に走った者たちばかり。 そのせいか、描き方はいささかリリカルすぎるほど…。 特にラスト、頭領の黒雲が追手から逃れきれず、情婦のお登代を手にかけなければならなくなるところは、「覇王別姫」の項羽と虞美人ようでもあり、チャン・イーモウの『ヒーロー』の残剣と飛雪の二人のような哀切感も漂っていました。 逃避行する山中の自然も美しく描かれます。 流れる音楽は、すぎやまこういちの作とのことですが、おどろおどろしいタイトルや時代劇とは全くそぐわない甘い音楽。 タイトルもおどろおどろしく、「この音楽はなんだ?」と思わされるのですが、これが、意外にも泣かされます。 解説してくださった、松田さんのお話では、同じすぎやまこういちの作曲によるゲームの「ドラゴンクエスト」にもよく似たメロディが出てくるとか…。 特に、ラスト、山中での捕縛吏との撃剣の場面で、このテーマ曲が流れだすと、もう涙ものでした。 実の父との確執から、破滅に走る盗賊団の頭領、黒雲の物語はいかにも日本の時代劇ですが、この父をめぐるすれ違いの物語も、仕掛けの少ないサイレントの中では巧みな展開に思えてくるから不思議です。 ただ、冒頭に登場する食い詰めた侍が物語に絡んでこないのはいっさか拍子抜けではあります。 しかし、これもまた埋もれた名作。 多くの人に見てもらいたいと思う作品です。 なかなか、機会はないと思うのですが…。
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