ここから本文です

風たちの午後 (1980)

監督
矢崎仁司
  • みたいムービー 13
  • みたログ 19

3.69 / 評価:16件

字幕つきのがあればそれも観たい

  • da5******** さん
  • 2019年3月7日 16時42分
  • 閲覧数 880
  • 役立ち度 0
    • 総合評価
    • ★★★★★

古臭さがない。物語的にも視覚的にも、世紀を超越している。
モノクロで音質にも問題がなくはない(?)ので、1960年代ぐらいの作品かなと思ったら、80年に撮られたものだと後で知った。
女優たちが、もしも大昔の寸胴ワンピースか色気なしパンタロンか不格好ミニスカート姿とかで化粧も髪も今的にはイケてなかったり、バブル期のように一過性ありありな低俗さに覆われてやっぱりダサかったりしたら、さらに顔立ちがイマイチだった場合も、これはお洒落でも何でもない傍系古典邦画の佇まいしか発しなかっただろう。
しかし、これは違う。時代や空間の縛りを感じさせない。新しい、というより、そもそも超越的な映画であるようだ。ハイヒールにロングタイトスカート姿だったりする女優たちが、21世紀の今でもそのへんにいそうなぐらいに普通に綺麗である上に、芝居内の言動すべて、当たり前なふうに最新的な現実感あって気持ちよいのだ。
一般的に、「ストーカー」という言葉および概念が国際的にも日本でも広く認知されだしたのは、80年12月のレノン暗殺からである。また「同性愛」は、それを違法と定めたままの国が欧州に20世紀終盤まで多数存在し、日本においては規制はないものの精神の奇形と決めつけられがちで、緩い揶揄心と社会保障面の差別ならば現在なお世界中に残っている。
そしてこの映画は、レズビアン・失恋・ストーキングが外形的には主たる題材なのだが、監督は主に「恋愛心」を丁寧に、というより丁重に、描いた。美しく可愛らしくだ。意見も知識も特にはなく、社会性を帯びさせようとは全然意図しなかったらしい。だからこそ、社会全体につながるものとしての「時代性」にまったく囚われず、「人の心を、ただ描きぬいた、芸術作」になった。しかも、単に美意識の十全さで酔わせるばかりでなく、人の心を清らかさとして打つ主人公の一途さが、結果として2019年の我々のLGBT観にも届く。
奇跡的な、高度な普遍性だ。おそらく22世紀に見てもこれは楽しめるだろう。


苦言は一つだけ。監督の指示通りの最小音量映画だというのだが、セリフが聞こえづらいことがストレスに全然ならなかったといえば嘘になる。デジタルリマスターされたこれをフランス語字幕つきで人がパリで鑑賞できる日が来るかもしれないのなら、フランス人が羨ましい。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • 楽しい
  • 悲しい
  • ゴージャス
  • ロマンチック
  • 不思議
  • 切ない
  • かわいい
  • かっこいい
このレビューは役に立ちましたか?
利用規約に違反している投稿を見つけたら、次のボタンから報告できます。 違反報告
本文はここま>
でです このページの先頭へ