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日本の熱い日々 謀殺・下山事件 (1981)

監督
熊井啓
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4.13 / 評価:31件

占領時代「戦後史最大の謎」

矢田喜美雄原作のルポルタージュ『謀殺 下山事件』講談社刊をモチーフにした映像作品。
映画はモノクロ・スタンダード画面。戦後すぐの時代を映画の中で表現するには、どうしてもこの画面サイズでなければならない。映画の中では昭和24年から昭和39年までが描かれているが、その時代の変化を、登場人物たちの服装やセットデザインの違いで見せていく上手さ。映画の最後がオリンピック開会式の日で終わることも、映画に劇的な効果を生みだしている。熊井監督はこの映画を謎解きミステリーとして作ったわけではなく、戦後の日本にあった「熱い日々」が、政治的な圧力や謀略によって不当に抹殺されてしまったことを告発している。
本邦映画では、政治や、思想信条に触れる映画をメジャーな映画会社が作ってこなかったという歴史がある。謂わばポリティカル・サスペンス映画の歴史が存在しない。思想を語る作り手は概ね映画作りがヘタクソで、映画作りが上手い監督はノンポリを貫くという傾向がある。この邦画環境の中では秀作である。

時代背景
昭和27年4月28日まで「満7ケ年の間・マッカーサー連合軍司令官の支配下」にあった。
下山事件が発生した1949年(昭和24年)当時、中国大陸では国共内戦における中国共産党軍の勝利が決定的となり、朝鮮半島でも38度線を境に共産政権と親米政権が一触即発の緊張下で対峙していた。このような国際情勢の中、米占領軍は、対日政策をそれまでの民主化から反共の防波堤として位置づける方向へ転換した。まずは高インフレにあえぐ経済の立て直しを急ぎ、いわゆるドッジ・ラインに基づく緊縮財政策を実施する。同年6月1日には行政機関職員定員法を施行し、全公務員で約28万人、同日発足した日本国有鉄道(国鉄)に対しては約10万人近い空前絶後の人員整理を迫った。そして占領軍は朝鮮戦争への準備ができた。

朝日新聞記者・矢田喜美雄は、執拗に事件の追跡を続けた成果を1973年(昭和48年)に著作『謀殺下山事件』に纏めた。
『空白の900分-国鉄総裁怪死事件-(前・後編)』土曜ドラマ戦後史実録シリーズ(1980年 NHK)、

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • 恐怖
  • 知的
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