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東京裁判 (1983)

監督
小林正樹
  • みたいムービー 83
  • みたログ 195

4.14 / 評価:108件

戦後70年以上経た現在・・・

  • りゃんひさ さん
  • 2019年9月10日 21時56分
  • 閲覧数 968
  • 役立ち度 3
    • 総合評価
    • ★★★★★

小林正樹監督の1983年作品『東京裁判』、リバイバルロードショウで鑑賞しました。
4時間を超えるドキュメンタリー映画。
初公開時にも観ているのですが、なにせまだ10代。
当時、「激動の昭和史」と冠タイトルがついていたその昭和史については、教科書の中に登場する主だった事件の名前を知っている程度で、背景などはほとんど知りませんでした。
あれから35年・・・
いろいろと知るようになってからの復習篇、というわけです。
さて、映画。

昭和21年1月。
敗戦後の日本を統治していた連合軍最高司令官マッカーサー元帥は、ポツダム宣言にもとづき、統治に際しての最重要課題であった戦争そのもののについて責任を負う者たちを審理すべく、極東国際軍事裁判所条例を発布し、ここに裁判が開かれることになった。
いわゆる「東京裁判」である・・・

というところから始まる裁判の様子を縦糸にし、裁判で審理される事項(裁判では「段階」と称され、時代や対象を区切っている)に関わる史実を横糸としてみせる形式を取っている。
当時の膨大な記録映像を、客観的につなぎ、佐藤慶のナレーションを付すことで、初公開時に添えられた冠タイトル「激動の昭和史」を、日本のみならず、世界規模で描いていく、という画期的な超大作。

横糸となる日本史・世界史については、多分、過不足なく、鳥瞰図的に理解できるように、映像が取り上げられている。
この史実パートでは、作り手側による観客への情報・情感操作は、たぶんない。

縦糸となる東京裁判パートには、幾分、作り手の意図が表出しており、
ひとつは、戦勝国側によって敗戦国を裁くこと、つまり、戦勝国側の正義の論理によって裁くことは、遵法精神に即しているのか、という疑問が投げかけられている。
そして、正義の論理で裁いたその尻から、再び、戦勝国連合側で亀裂が生じ、戦闘が繰り広げられ、結果として戦勝国側の平和の論理への懐疑・不信、とつながっていく。

もうひとつは、東京裁判における連合軍最高司令の隠された意図で、巧みに連合軍最高司令側で天皇の戦争責任回避を試みており、それが成功したということが明らかになる点。
このふたつめについては、かなりスリリングに描かれている。

4時間を超える長尺の超大作であまりケチはつけたくないのだけれど、映画そのものの導入部はあまり上手くないと感じました。

というのも、東京裁判を(いわゆる)狂言回し的役割として描く構図(のように見えたのだが)にしては、東京裁判に至るまで、終戦直前の事実から映画が始まるので、世界史・日本史パートの時系列がかなりややこしくなった点で、たしかに教科書の中に登場する主だった事件の名前を知っている程度の高校生が観る(初公開時のわたしのこと)には、ややわかりづらかったです・
あ、製作当時は、そんな「歴史に疎い」観客は意図していなかったのかも。

とはいえ、いまの若い人はこの映画を観て、どう思うのかしらん・・・
戦後、70年以上も経過したのだから、製作当時の「歴史に疎い」高校生よりももっと疎くなっているかもしれないなぁ、と危惧しているのですが。

評価は★★★★☆(4つ半)としておきます。

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