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人間の約束

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5.0

お約束の崩壊(さらにボケよ!)

「人間の約束」というタイトルですが、なにか人間的なことが描かれているわけではありません。「老い」がテーマですが、介護する家族の人間的な苦悩なり成長なりが描かれているわけではまったくないのです。 まったく反対に、描かれているのは「人間の約束」がいかにもろくはかないものであるかということです。「約束」ではなく「お約束」。ボケてしまった女性はなぜ死んだのかをめぐって進む犯人探しでもあるのですが、犯人は判明しない。だれが殺したかは明確になるのに、かばっているうちに本当に犯人だと思い込んだり、別の誰かが現れたり。犯人逮捕は「お約束」でしかないのです。そして、あらゆる「お約束」が崩れていく。ボケた女性は食事もトイレもやりたい放題、挙句の果てに息子に欲情する。老人の性+近親相姦という二重のタブー(お約束)を破っています。 そして、三国連太郎演じる老父が、だんだんボケていく過程がまたすごい。鏡をみて、他人と思ってあいさつしてしまう。すると鏡の横には「鏡にうつっているのは自分です」とあって、その言葉によって、自分はボケているのではないか、と疑う。その疑いがボケ始めるきっかけです。ボケているからあいさつしたのではなくて、あとから、それがボケだと指摘されることでボケていく。 ボケることで「お約束」の世界から逃れる老人たち。そんな老人たちはいたるところで「死なせてくれ」といいますが、それは、さらに「お約束」から逃れるため。ボケ始めた三国は妻を殺そうとなんども試みて失敗する。なぜなら、死ぬことよりも、さらにボケることのほうが、いたるところで失禁し、近親相姦を妄想することのほうが幸せだからです。(妄想のなかの巡礼シーンの美しさ、思い出のなかの川の美しさをみよ!!)だから、本当に殺してしまうのが「お約束」から脱しつつある夫ではなく、「お約束」にしばられた息子なのです。その後、泣き崩れる息子の悲劇的シーンは、近親相姦を犯したうえで母親を殺したギリシャ悲劇のヒーローの嘆きです。 「老い」をテーマに、「お約束」の崩壊と、母と息子、妻と夫の間の愛憎を盛り込んだ、すごい映画です。鏡と水鏡の違いなど興味深い映像も満載です。必見。

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