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化身 (1986)

監督
東陽一
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2.84 / 評価:73件

喜劇か悲劇か。男女の愛憎劇

  • m10******** さん
  • 2020年8月19日 17時22分
  • 役立ち度 1
    • 総合評価
    • ★★★★★

幻想を愛する男と強く慎ましい女。
男と女はいつも噛み合わない。


原作は「失楽園」「愛の流刑地」の渡辺淳一。監督は「サード」「もう頰づえはつかない」の東陽一。

オープニングのタイトルバックのPAUL DELVAUX(ポールデルヴォー)の「LE DERNIER WAGON」という作品は主人公の中年男、秋葉(藤竜也)の幻想を具現化したような絵画である。閉鎖的な空間(列車)に女が裸で1人シートに軽く腰掛けている。その表情からは女の感情は読み取れない。
霧子(黒木瞳)と屋形舟で食事をした際、秋葉が「裸を見せてくれ」と頼み込み洋服を脱ぐシーンはこの絵の構図と重なる。
ちなみにこの絵のタイトルは直訳で「最後のワゴン」。物語終盤の能村の「渡守(わたしもり)だ」という発言が絵画の伏線に呼応する形になっている。


女が身に付ける衣服や贈り物に表れるセンスも物語の重要な要素になっている。田部史子(阿木燿子)は初めの登場シーンで乳首がレースで透けるワンピースを、一方の霧子は初めて秋葉と2人きりになるシーンで胸元に大きなリボンの付いた白いワンピースを着ている。明らかに大人の女性と少女を強調している。
中盤の誕生日のシーンでは、秋葉の娘(青田裕子)と霧子は2人揃ってベルトを、秋葉の母(三田佳子)は松茸ご飯を炊き、史子は真っ赤な薔薇の花束を秋葉に贈るのである。


史子と比べ霧子については嫌な女と評されることが多い様だが秋葉が用意した高級マンションを相談せずに出て行ったり「お金は少しずつ返すのでお店だけはやらせてください」と秋葉に直談判したり、終盤で自らの気持ちを赤裸々に秋葉に伝えるなど挑戦的で肝が座った女性であることが伝わる。


また、物語を通して移ろいやすい男の感情と、女の芯の強さが強調されている。


史子の比喩として強風を使ったり、最後のシーンでは秋葉が誰かに電話(恐らく霧子か史子)を掛けようとしたが、すぐに気が変わり、天気予報電話サービスに電話するが、受話器からは「南の風、晴れ時々曇りで山沿いではにわか雨」というなんともハッキリとしない予報が流れる。そんな時に霧子と史子が(上品で洗練された装いで)エレベーターで上層階に上っていくのである。最後のこのシーンは、いつまでもぐずぐずして先に進めない男と、そんな男を尻目にさっさと上に行く(成長していく)女を表している。


男が女を自分好みに作り変えていくストーリーはアルフレッドヒッチコック監督の「めまい」と重なるが、本作では女たちが幻想から抜け出して力強く歩んでいる姿がとても痛快だった。
「化身」というタイトルは、いつまでも幻想に取り憑かれた男へ、女が様々な姿に成り変わりながら叱咤激励しているようにも感じた。

もう少し高く評価されても良いのではないかと疑問を持つ作品だった。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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