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旅路 村でいちばんの首吊りの木 (1986)

監督
神山征二郎
  • みたいムービー 3
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3.80 / 評価:5件

生と死のメタファー

  • 餓鬼の後 さん
  • 2012年3月11日 17時24分
  • 閲覧数 1181
  • 役立ち度 3
    • 総合評価
    • ★★★★★

母にとってトチの大木は心の支えであったのかもしれない。
苦しいとき、悲しいとき、何百年と風雪に耐え 生き抜いてきた古木を見ては、
「私も負けず耐えていかねば…」そう奮起しては、女一人 生きてきたのではないか。
またそれは、生きる苦悩から逃れるための最後の “寄る辺” でもあったのだろう。
母にとっては神木(守り神)とさえ言えるこのトチの木には、ある “伝説” があった。
その昔、生活の厳しさに耐えかねた村の一家七人が、この木で並んで首を吊ったというのだ。
七人でも十人でも並んで首を吊れるほどの立派な枝。
しかし、都会から来た人は大木を仰いでこう言う。
「こんなに高いのに首など吊れるはずがない。首の吊れない首吊りの木だ」と。

母は腹が立った。この人たちは何も分かっていない。
田舎での実際の生活がどのようなものか。彼らは「ここに住めばきっと長生きできる」と言うけれど、
十二月から四月まで雪に埋もれる氷地獄。いいと思えるのは夏のほんのひと月だけ、という
医者もいない、廃村寸前のこの僻地での生活が、どれだけ苛烈を極めるかを。 
夫は医者がいないために十二年前に死んだ。医者さえいてくれれば…。
愛しい人を、生きるために欠かせぬ大黒柱を奪われた母の負ったトラウマ。
子供にはどんなことをしても医者になってもらう。
それまでは家族がバラバラでも耐えられる。いや、耐えねばならない。

復讐するのだ。この村に。人生に。医者になって見返してやれ。乗り越えてやれ。
こんな村には負けないと。生きる苦しみや悲しみになど押し潰されないと。強くなれ!
猛烈な教育ママとなり、子らを追い立てる。医者になるまで帰ってくるな。
これは母の闘いだったのだ。村の人たちが「医者になるなんて無理だ」と言う中で
母は、子らは、闘い続けてきた。
そんな中起きた【事件】─。

母の過大な期待に答えきれなかった長男。
「こんな女のひと」と自分で言ってしまうほど、さして大切とも思えぬ浅い付き合いの都会の女と逝ってしまった息子。
“これは私への当て付けなの?” 自分を拒絶するように見も知らぬ女と手錠でひとつになって、
その鍵を胃の中に隠してしまうほど、逃げていきたかったのか。

「母さん、私には兄さんの声が聞こえてくるのです」
真相を解き明かす長女。「何事もすべては私のためだったんでしょう? それが痛いほど分かる」
様々な苦しみから子らを遠ざけようと、自由に生きていける強さと力を与えようと、母なりに考えての選択だったのだろう。
【医者】という存在がまるで呪いのように、安寧への鍵であると思わせた。それにとり憑かれた僻地の母の悲しみ。

どの時代の、どの国に生まれるか。
そこは常春の楽園か、氷地獄の寒村か。
男として生まれるのか、女として生まれるのか。
両親はどのような人で、どのような思想の持ち主か。
大きい街か、辺鄙な田舎か、どんな人たちに囲まれて育つのか。
どんな人と結ばれて、どんな家庭を築くのか─。

人間はさまざまな要素が複合して形成される。
それら全部を捨て去って、まっさらになりたいと希求したとき、
それを許し、受容してくれるものはなんだろう。
母にとってはそれが “村でいちばんの首吊りの木” だったのではないか。
生きるための寄る辺が、まったく違う世界の、違う自分へと生まれ変わるための
“自由への旅路” への【舟】となる。

「夏には冬のことは分からん 冬には夏のことが分からん 誰だってな…」

母の最期の言葉を聞いて、この異世界への扉を前にしたとき、
ひとりぽっちにされた娘は、母の “旅路” をどのように受け入れたのだろう。
きっと、残された怒りや悲しみと共に “やさしい諦め” で母を見送ったのではないだろうか。
そして何度でも戻ってくると誓ったのだ。母の元へ、この “村でいちばんの首吊りの木” へと──。


倍賞千恵子さん、偏執的ともいえるほどに厳格で克己的な女性を演じて【圧巻】。素晴らしかった。
夏に頭上7~8メートルにも見上げた首吊りの木の枝が、冬には降り積もった雪の上に立てばすぐ目の前…。
灰色に染まった苛酷な景色の中でのラスト。こんなにも悲しくて壮絶なシーンは見たことがない。涙。
早見優さん、筆記体をスラスラとよどみなく書く姿に、「この子なら東大受けるわ」と思わせた。
蟹江敬三さん、道化のように振舞いながらその実、事件の真相を誰よりも早く解明するいやらしい狡猾さと、
口止めのために近づいた母と寝る という男の我欲をも合わせて表現して見事。
梅宮辰夫さん … ぱんぱんに膨れたつやつやの顔と、ぶくった身体を見るにつけ、
「刑事に見えない」と何度も無言で突っ込ませていただきました。
26年ぶりに再見したけれど、やはり本作は傑作でした。あらためて感動、感涙しました。拍手。

詳細評価

物語
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