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女衒 ZEGEN (1987)

監督
今村昌平
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3.91 / 評価:46件

賛否両論かえりみず、己の道を突き進む!

  • Kurosawapapa さん
  • 2014年3月6日 7時38分
  • 閲覧数 1591
  • 役立ち度 11
    • 総合評価
    • ★★★★★

今村昌平監督作品・第14弾は、1963年の「にっぽん昆虫記」から20年間撮り続けてきた、深く深くへと踏み込んでいくスタンスとは、向いている方向が違う。
「盗まれた欲情」や「西銀座駅前」など、デビュー当時に回帰したような明るさだ。

下記レビューで、諸星大五郎氏も movie oyaji 氏も、称賛している。


この映画は、明治後期から昭和初期にかけて “女衒” として実在した村岡伊平治を描いた作品。

史実として、伊平治は18歳で香港に渡り東南アジアを転々とし、さまざまな仕事を経験。
その後、旅館・製紙・製菓などの事業を手がけ、その傍ら、遊郭で働く “からゆきさん” を救出しているうちに、自ら女衒となり、遊郭も経営するようになる。

伊平治(緒形拳)のエキセントリックで破天荒、笑い溢れる痛快さは、
大胆な淫行シーンを除けば岡本喜八映画のよう。

今村作品・前半の “顔” は長門裕之であったが、
中盤は、「復讐するは我にあり」「ええじゃないか」「楢山節考」、そして本作と、緒形拳が完全に今村映画の “顔” となった。


伊平治は “女衒” でありながら、全くうしろめたさが無いのが本作の面白いところ。

むしろ伊平治は、お国発展のための人柱になろうとし、
女郎たちにも大和撫子としてのプライドを持たせ、故郷に金を送り、税金を少しでも多く払うようにと諭している。
そして真剣に、 “国立の娼館” まで建てようとする。


また本作では、名作「サンダカン八番娼館 望郷」のように、
 “からゆきさん” の人生を悲壮なものとして描いていない。

娼婦たちの躍進は、満州から蒙古、シベリア、モスクワまで届かんばかり。
恥 も 操 もかなぐり捨て、故郷に錦を飾らんと、必死に明るく体を売る。

 “世の中の弱者” を弱者として描くのではなく、
あたかも強者のように描くのが、今村映画の特徴。

厳しい状況でも、決して嘆いたり、挫けたりしない。
ギリギリのところで生まれてくるのが人間の “底力” だと、今村監督はそれを輝かせる。


伊平治(緒形拳)曰く、「 小を捨て大義に生きるのが日本男児の本懐だ! 」

ネガティブな感情など細かい枝葉を切り捨て、
あくまでも伊平治イズムを浸透させ、デフォルメした作品。

描かれた伊平治の人生は、
言い換えれば人身売買で私腹を肥やしたわけだし、愛した人には捨てられ、
天皇陛下の赤子を作らんと沢山の女性を囲い、老齢になってもセックスに励み、
 「 アホか、、、(汗) 」 とも言いたくなる。

 “あそこの毛” へのこだわりなど、下品なシーンもあったせいかは分からないが、
カンヌ映画祭でも殆ど無視されてしまったそう。


かといって、簡単に切り捨てられないもの、、、
それは、伊平治の持つ強大なエネルギー!

国から相手にされなくても、廃娼制になっても、歳をとっても、
伊平治は常に上を向いている。

上へ上へと、どこまでも突き抜けていく伊平治。
たとえ批判されても、伊平治にとっては全く悪意の無い、己の道。

常にパイオニアとして、人より一歩も二歩も踏み込んできた今村監督。

伊平治の逞しき “信念” は、
監督にとっても、極めてシンクロする部分であったに違いない。
( IMAMURA:No14/19 )

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