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ゴンドラ (1987)

監督
伊藤智生
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3.95 / 評価:77件

新宿の高層ビルから下北の海に至る魂の旅

今回取り上げるのは、1986年の日本映画『ゴンドラ』。一般公開が行われたのは2年後の88年で、僕は新宿3丁目のテアトル新宿で観た。11歳の孤独な小学生かがり(上村佳子)が青森出身の青年(界健太)と出会い、精神的に覚醒するまでを描く。かがりの何かを訴える瞳に胸が痛くなり、宝石のように美しい映像に息を呑む、日本映画史上に輝く傑作である。
タイトルの『ゴンドラ』は、超高層ビルの窓ガラスの清掃をする青年が乗る、ビルの壁面に取り付けた箱型の足場を指す。今から34年前の映画で、新宿の眺めや人々の服装は大きく変わったが、作品の持つ輝きはまったく色あせていない。上映館のテアトル新宿が、今も日本映画専門のミニシアターとして存在感を持ち続けているのも嬉しいことだ。

ファーストシーンは、青年がゴンドラに乗って住友三角ビルの高層階に取り付く場面である。大都会の俯瞰図に、彼の心象風景であろう紺碧の海が重なり、黄金色の海に切り替わってタイトルが出る。冒頭から美しい映像に心を奪われる。これを見てハッとしたのは、僕はこのような風景を写真や映像では見たが、実際に体験したことがない、という事だ。
青年の淡々とした表情と身のこなしから、彼がこの仕事に慣れていることが分かる。3Kといわれる仕事だが、このような人々が大都市の機能を支えているのだ。彼が乗るのはゴンドラだけではなく、それほど高くないビルではロープ一本にぶら下がり、忍者のように窓ガラスを清掃する。もしかしたら東京を隅々まで把握しているのは、彼のような人かも知れない。

青年が住むのは大田区の安アパートで、廊下には裸電球がぶら下がっている。令和の現在では、さすがにこんな古い建物は残っていないだろう。部屋の中には小さなブラウン管のテレビがあり、木工で小さな船の模型を作るのが趣味らしい。蝋燭が立てかけてあるが、これは照明ではなく棒や板をあぶって曲げるためである。この木工技術と蝋燭が、クライマックスで生きてくる。
彼は、自分が清掃するビルの内側にいる人と話したことがない。ある日清掃中、部屋の中で瀕死の文鳥を抱えて立ちつくす女の子(かがり)と目が合う。彼はかがりと一緒に動物病院に行き、文鳥の折れた翼を治療してもらう。ここから青年とかがりの人生が交わるわけだが、こんな出会いがあっても良いじゃないかと思わせるのが、映画の魔法なのである。

かがりは高層マンションで母親(木内みどり)と一緒に暮らしている。青年の住むアパートとは何から何まで対照的で、白っぽく近未来的なたたずまいに目を奪われる。青年が立て替えた文鳥の治療費を返すため貯金箱を壊すと、何枚か外国の紙幣が混ざっている。これは母親が娘を置いて海外旅行に行っているのだと指摘する人がいて、希薄な母娘の関係を表している。
かがりの元から去った父親(出門英)は音楽家志望で、金銭的収入に結びつかないため妻と不仲になった。かがりは父親を慕っており、父親の「形見」というべき音叉を手放さず、ハーモニカや父の写真を隠し持っている。彼女が廃線跡を歩いて建物の廃墟に入り、宝物の入った箱を取り出す場面。当時映画館で、東京にこんな場所が残っているのかと驚いた記憶がある。

文鳥は治療の甲斐もなく死んでしまう。文鳥の死骸をかつて両親と住んでいた団地の前に埋めようとするが「ここにはもう来ることがないから」と気が変わる。夜の街で交わされるかがりと青年の会話。「死んでしまうと、生きていたっていう事はどこへ行ってしまうのかなあ?」「俺の田舎では、死んだ者は海に帰ると言われている」。本作のテーマを象徴するセリフである。
かがりは文章の死骸を、アルミの弁当箱の中に入れて冷蔵庫に隠していたが、母親に見つかり捨てられてしまう。この弁当箱は、母親がただ一つ子供時代から手放さなかった思い出の品だった。母親が号泣するところを見ると、相当大切なものなのだろう。母娘は激しく衝突し、かがりは青年の元に逃げて行く。彼女が持ってきた絵を見て、青年の心に何かが芽生える。

舞台は青森の下北半島に移る。仏が浦の絶景と、南国と見まごう紺碧の透明度の高い海に目を奪われる。帰省した青年はかがりを勤め先の社長の娘と紹介し、母親(佐々木すみ江)は二人を温かく迎える。父親(佐藤英夫)は猟師だったが病気で酒浸りとなり、今は脳梗塞で半身不随。リハビリを兼ねて海岸まで歩くのが日課であり、悲しげな表情で海岸に佇む姿が胸に迫る。
青年とかがりが仏が浦までの長い道のりを一緒に歩くシーンが、とても好きである。かがりは劇中で「疲れた」とか弱音を吐くことは一切ない。東京にいる時も、いつも一人で歩き回っていたから持久力があるのだろう。青年は廃船を修理して海に漕ぎ出し、二人で文鳥の葬式をする。船上でかがりがハーモニカで父親の作った曲を演奏しながら、黄金色の海の中で映画は幕を閉じる。

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