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TINA ティナ

TINA ティナ

TINA: WHAT'S LOVE GOT TO DO WITH IT

118

far********

4.0

ネタバレその名は、掛け替えのない犠牲と栄光の証…

60年代からソウル~ロックの女王として君臨するティナ・ターナー。貧しい幼少期から、アイクとの運命の出会いを通じてスターへと駆け上がった彼女の光と、それ以上に深く痛い影の部分の物語。 主人公ティナを演じるのは90年代黒人女優の代名詞的な存在だったアンジェラ・バセット。実際のティナよりは小柄と思えるが、もともと筋肉質なバセットはその上腕筋を隆々ときたえあげティナの貫録と存在感を補っている。しかし体脂肪をきわめて落とし“キレてるぞ!”と声が飛ぶ筋肉のラインがすごすぎる。しかし肉体の違和感を払拭する生声?のパワフルなパフォーマンスは素晴らしく圧倒される。またティナの独特の肩をはった歌い方、歯茎を見せたワイルドな笑い方など見事にティナのキャラクターをバセットなりに消化し、バセット版ティナを体現する。 時代を経るごとに音楽とともに髪型も愛人も変えていきアイク役のローレンス・フィッシュバーンもまだ若く、痩せているが、スターながら平凡な男を演じる。決して素晴らしい女性の鏡のように描かれていないが、謙虚で周囲に愛される明るい女性としてティナは描かれる。一方、女に手が早く、自分の作曲の能力と君に歌ってほしい…との口説き文句で、次々に女をつくり名声が自分に向かなければ周囲に怒りを向ける悲しい存在として夫アイクとして描かれる。 容赦ないDVのシーンをみつめるのは苦しい。息子が生まれるまでだったティナが育児にする中、曲作りしかしないアイクに対し、「同じような曲ばかり…」と口走ってしまう。急に冷静さを取り戻し、「今、なにって言った?」と何度もティナに問い返すアイク。やむを得ず、「同じ曲ばかり、と・・・」との言葉を繰り返したことを引き金に、容赦ない暴力の歴史がはじまる。アイクにとっては自らの存在そのもの、自尊心を踏みにじる一言だったのだろう。ティナには踏みにじるつもりなどなかったに違いない。しかしたった一言で全てが崩壊していくような心の在り方こそが、男のいいようのない弱さを示す。 実は、それは女性=ティナは自分に従順であることが当然であるということ。つまり女性は男の所有物という構図を示す。常用していた薬物の影響からか?飼い主に飼い犬がかみついたと信じた制裁なのか?アイクは子供たちが耳をふさぎ、泣き叫ぶ中でもティナの髪を引きずり暴力を加える。また、どんなに輝いても金銭の管理はすべてアイクである。逃げるすべをもたない彼女は、昔のバンドの仲間のところに入院を機に身をよせる。そこで彼女は仏教を伝えられる。どんなに殴られ、スタジオ内でレイプされても彼女は仏教の念仏(ナムミョウホウレイゲイキョウ)を唱え続ける。すがり、心の支えとするそのお経の復讐と恨みを沈めた痛々しさが、このフレーズになじみある日本人ゆえ耳に残る。 しかし彼女は強くなる。壁を越えていく。泣きついて許しを求めるアイクに子供のことを考えもとに戻ってもリムジンの中で遂に殴り合いのケンカをして宿泊する部屋を飛び出し、一銭も持たなず路上を走る。スターでありながらアイクのもとから裸足で飛び出し血まみれでさまようティナの姿は、地位も名誉も管理され、女性を所有物と信じて疑わない男から本当の一人の人間として自由を求め鎖を切って走りだす黒人奴隷の姿とも重なる。スターであっても70年代という時代の夫と妻の関係性の影が浮き彫りになる。 痛々しくも、痛みと祈りを重ね、一人の人間として生きる自負を見出していくティナは離婚裁判で過去に歌った楽曲の権利などをすべて放棄する。ティナは一つだけ訴える。「“ティナ”という名前だけは、私のものよ。これだけは譲らないわ」 ティナはアイクが彼女のためにささげた名前だった。憎悪を感じる離別を決意したアイクによる名前をなぜ彼女が執着したのか?アイクとともに活躍した自らの名前が、今後観客にアピールするための財産としての考えも少なからずあったとは思う。しかしティナという名前は、自分が女性という性別を越えて一人の人間として生きるために重ねた犠牲と栄光の象徴なのだ。アイクが授けた名前でありつつも、アイクの呪縛を越えた誇りがティナという名前には宿っている。「血と涙がにじんだ、この名前だけは絶対譲らない…」まっすぐに判事を見つめながら、微塵の迷いもなく訴えるバセットの演技には胸を撃たれる。 その後アイクも自伝を書き、自らのDVを認めているようだが、アイクはなぜ妻でありスターであるティナをそこまで所有しようとしたのか?アイク側の視点も織り込んだスターの物語として、この作品を観たかった…と、贅沢に考える。

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