利休

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利休
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作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(10件)


  • old********

    4.0

    (^.^)

    (^.^)

  • JUNJUN

    3.0

    感想

    重く深い。眠くならないように。

  • rec********

    2.0

    美は揺るがない・・筈では?

    公開当時は観ておりません。数年後に観ましたが最後まで観たかどうかさえ覚えておりませんでした。 今観て「こんな人が出ている?」とこちらの目が揺るぎました。勅使河原宏監督ご本人からドナルド・リチ―、細川護熙元首相まで。 私は美術品の審美眼は皆無ですが劇中登場する生け花は勅使河原監督ご本人作でさらに実際に撮影には国宝級の美術品が使用されたらしく私の勝手な予想ですが警備員常駐の異様な撮影現場だったに違いありません。 そんな現場で三國連太郎さんでさえ緊張のあまり何度かNGを出し不協和音に絶えなかった、と想像できます。 公開時のキャッチコピーの「美は揺るがない」でしたがそれどころか内実は揺るぎっぱなし。思うに美を人間に仕えさせようとしたわけでなく、人間を美に仕えさせようとした、そんな映画だったかも。 勅使河原監督の「砂の女」は個人的に大好きな作品ですが「他人の顔」や「燃えつきた地図」にはどこか柳の下の泥鰌狙いを感じていた理由が今何となく明白になりました。 とにかく厄介なのが「映画も好きな芸術家」という輩。 勅使河原監督もそんな一人だったかもしれません

  • kih********

    5.0

    BGMにまで気を配った丁寧な歴史もの

     歴史上の『利休』についても、茶道についても、殆んど無知の私だが、だからこれがどれだけ史実に近いのかということも知らないままだが、この映画が利休と茶道についてのイメージに固まりそうだ。私にとっての『利休』だ。  三国連太郎氏が演じる利休は如何にも知的。温和な物腰の中にも刺すような一筋の知性が光る。おそらく、秀吉はこの一筋に刺されたのであろう。  宗家の佇まいの落ち着きと清潔さ。茶室の美しさ。静かな流れの中に緊張感のある所作。その諸々が、素人にも良く分かるように丁寧に描かれている。加えて、全体に流れる西洋の古典音楽がいい。バロック直前の音楽だ。天正使節団がローマで学び、帰国後には秀吉らに披露したのがこういう音楽だったはず。それも、控え目に、そして丁寧に流してある。  数年前、京都の庭園巡りをした。その折、大徳寺三門も見たのだが、観光客が多くて落ち着かなかった。中には入れなかった。その点、映画は有り難い。現地ロケかセット撮影かは分からないが、これほど丁寧に作られた映画だったら、観光で行くよりははるかに臨場感をもってその世界に入れる。拝観料がDVDレンタル100円だけというのは、ちと安過ぎる。  この時代の高名な茶人には政治家としての側面があった。発言力があった。それで名声は上がり財を成すこともできた。それが命取りにもなった。利休の場合がそうだったか。茶人と最高権力者 ―― 利休と秀吉の関係には諸説があるらしい。数ある歴史ものの中に、利休切腹の経緯が出て来る。この映画ほどに事は簡単ではない。それでも、この作品は“利休伝説・諸説”の原典になりそうだ。

  • jac********

    5.0

    渦巻く男の嫉妬

    生け花の家元の勅使河原監督だけに、花や茶器や衣装が見事だが それ以上にキャスティングが見事だ。 山崎努は、この映画を観るまではあまり秀吉のイメージはなかった。 意外性のキャスティングだが、ピタリとはまっている。 岸田今日子も大奥の匂いはするが、北政所は新しい。 山崎さんも岸田さんも名優なのでバッチリこなすが、茶々の 山口小夜子というのは伝説のスーパーモデルだけに驚き。 大政所の北林谷栄は流石の演技で、このために役者をしてきたという 貫禄であるし、秀長役の田村亮というのは私の中の秀長像のイメージが かなり良くさせた。 田村亮が演じると非常に知的な秀長になる。 キャスティング以上に見事なのは、秀吉、北政所、大政所、秀長らが 話す尾張弁だ。 映画史に残る見事さと言っても良いのではないか。 当然、昔は今以上に方言で話していた事は間違い無いのだが、 映画にしろTVドラマにしろ、ほとんど標準語で話している。 全てを方言で話されてしまうと観ているこちらが理解できなくなってしまう ので考え物だが、『利休』は絶妙の割合とタイミングで分り易い尾張弁を 挟んでくれるので、映画全体の雰囲気の良さに繋がっている。 利休という人物、その才が故に、自分の意思とは関係なく祭り上げられたのか? 野心家で自ら政治の場に躍り出たのかは今となっては誰にも分らないが、 その失脚、切腹には「嫉妬」が絡んでいるように見える。 太閤秀吉に重用されている利休に、石田三成やら前田玄以ら奉行は嫉妬して 彼を嵌める。それ自体は現代の人間模様でもよくあることで大して珍しい事 ではないが、太閤秀吉自身も利休に嫉妬している。 利休の才能を純粋に尊敬していた秀吉、ある種、愛していたのだろう。 それが天下を獲り、絶対権力を持ち、自分の意のままにならぬことなど、 何も無いのに、利休の才能だけは自分が逆立ちしても真似できない。 更には、自分が命令しても利休が節を曲げなくなってしまった時に、秀吉の 嫉妬が発動してしまった。 それが秀吉と利休なんだろうと、この映画を観て納得した。

  • okn********

    5.0

    秀作

    配役、衣装、セットともに完成された作品。 あまり褒めすぎるとかえって真実味が無くなるかも知れないが、褒めすぎても良い作品と思われる。 利休と秀吉の演技がとても巣晴らしい。茶道という当時の新興芸術を作り出した天才で、かつ師匠である利休に対して、弟子でありながら日本最高の権力者である秀吉が、当初は完全に信奉して居たのだが遂にその芸術の高みに至ることが出来なく、三成らの讒言もあり切腹に追い込んでしまう過程が見事に描かれている。 また秀吉の糟糠の妻である「ねね」や、下賎なただの農民でありながら天下人の母となった「なか」の配役や役作りも見事である。 秀吉の衣装は足袋に至るまで細密にデザインされており、出てくる名器たちのレプリカも相当なものである。 芸術映画であるので、退屈だと言う側面はもちろんあるが、芸術映画としてはほとんど文句の付けられないすばらしい作品である。

  • wen********

    3.0

    利休といえば思い出す

    塾の国語の時間に問題文を読まされたんです。 千利休が登場する問題文で、千利休の文字にルビがふってありました、「せんのりきゅう」と。 無知なわたしは、千が略されて利休とだけ表示されていた文を読むとき少々違和感はありましたが、利休を「のりきゅう」と読んでいました。 だって、「せんのりきゅう」から「せん」をとったら「のりきゅう」が残りますよね。 「のりきゅう」と何度となくわたしが読むので周囲から失笑され、講師から「りきゅうな」と言われてようやく気づいたのです。 顔を真赤にした当時の純粋なわたしがいつでもよみがえります、千利休をみると。 この映画はわたしにとっては娯楽要素のうすい作品でした。 今となっては多少は秀吉の時代のことを知っているので、登場人物を見失ってしまうことはあまりなかったのですが、なんの知識もない時代にみていたら恐らく寝ていたでしょう。

  • abu********

    3.0

    利休さんも色々と溜め込んでらしたのね

    なんといっても、ワダエミが手がける衣装でしょう。 人の内面とかキャラクターを、衣装によって表現する。 本作もそのスタイルが貫徹されていて、 美しい和服の数々を堪能することが出来ます。 同時にまた、全体的なセットも良かったです。ただ、 ワダさんの衣装というのは綺麗そのもので生活感がなく、 外道キャラの豊臣秀吉も漫画的に感じるところもあり、 全体としてリアリティの重みに乏しいなとも思う。 勿論、その外道キャラの秀吉と感情を押し殺す利休の 対比が面白ので、それ自体は悪くはないんだけれども。 映像的には、定位置からの長回しショットなど、 どことなく黒沢映画を意識しているようにも感じられ、 三国連太郎と熱演にも特段の不満はありません。 ただ利休のキャラクターが、ずっと我慢し続けて最後の 最後に自我を貫いた一人の男というだけで、その生き方や 考え方と、茶道の精神とがもっとリンクして伝わって くるような構成であれば良かったのになという気がします。

  • kip********

    4.0

    これぞ秀吉!

    山崎努の秀吉こそ、われが求めた秀吉像である。 漫画「花の慶次」の秀吉&利休はこの映画の山崎と三国を 忠実に再現したものであり、作者はこの映画「利休」を敬愛して いた事は世にあまり知られていない。 信長は誰が適任か? 未だ結論だせない自分がおる・・・たわけ!!

  • pin********

    4.0

    重厚な作品ではあるのですが…。

    権力に執着し、それを振り回す秀吉と、文化人である利休を対比させた作品。 利休を演じるのが、怪物俳優三国連太郎、対する秀吉を演じるのが、やはり怪物的な山崎努。 ただ、山崎努が怪物的でありながら、どこかインテリジェンスを感じさせるために、秀吉の権力を振り回すことに喜びを見いだすような下卑たところが、無理な演技に見えて残念でした。 配役を逆にして良かったかもしれませんが、三国連太郎もやはりインテリジェンスを感じさせますし…。 勝新太郎なんかだったらよかったかな。 でも、激情に動かされる秀吉は山崎努の迫力でよかったのかもしれません。 画面は本物の茶器を使ったというだけのことはあって、重厚。 ただし、やや暗いのが難点でした。 物語自体はそんなに複雑なものではありません。 信長に謀反を起こした明智光秀を打ったことで、天下が転がり込んできた秀吉。 文化人を気取って利休を召し抱え、キリシタンを許可するものの、朝鮮出兵を反対されたことから、利休に死を命ずるというもの。 文化人と権力者の関係を描いているようなのですが、どうも描き方がやや単純すぎるような気がしました。 利休の「一度権力に屈すれば、頭を下げ続けなければいけない。」という論理はわかるのですが、その一方で権力者に庇護されることで大成していく茶の湯が描けていないような気がしました。 これがなければ利休の葛藤が、秀吉の一方的な悪に対する、利休の正義の抗議という形にしか見えません。 秀吉が単純な悪人にしか見えないのも残念です。 彼には彼なりの葛藤があるのではないでしょうか。 天下を統一し、維持していくために、彼がしなければいけなかったことだってあったはずです。 それが見えてこず、やはり単純な悪人にしか見えないのはなんとしても残念。 監督の勅使河原氏は草月流の家元の出身だそうで、この作品を作る前は家元を次いで映画から離れざるを得なかったとか。 満を喫しての作品ということであり、出自の日本文化を丁寧に描いているところはすばらしいのですが、描かれた物語が画面の重厚さに比して、やや単純すぎるのが残念でした。

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