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おろしや国酔夢譚 (1992)

監督
佐藤純彌
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3.35 / 評価:65件

ペリー来航より前に露西亜と接触があった

井上靖の長編小説。「おろしや」とは露西亜のことです。
伊勢国白子(現三重県鈴鹿市)の港を拠点とした回船の船頭。大黒屋光太夫をはじめとする、漂流した神昌丸の乗組員17人の運命を、日露の漂流史を背景に描き出した歴史小説。露西亜の協力のもと、大規模海外ロケを行って、大映製作、東宝配給により1992年に公開された。
マリナ・ヴラディ(エカテリーナ2世) 出演

天明2年(1782年)、伊勢を出発し、光太夫ら17人を乗せた神昌丸は、江戸へ向かう途中に嵐にあい、舵を失って漂流中に1人を失いながらも当時は露西亜帝国の属領だったアムチトカ島に漂着した。9年の歳月をかけて日本に帰ってきた光太夫さんを待っていたのは「鎖国の日本」でした。

寛政5年ラクスマンと幕府の正式な交渉は松前で行われることとなり、6月15日に根室を出航し、光太夫と磯吉を乗せたエカテリーナ号は松前の藩船・禎祥丸に先導され、函館港に入った。ここからラクスマン、光太夫ら12人が陸路で松前に到着、旧暦の6月21日、浜屋敷で正式な第一回の交渉が開始された。幕府は国法である鎖国令が読み上げ、「ロシア使節に対し、漂流民送還の労をねぎらい、今回に限り松前において漂流民受領の用意がある。なお望むところがあれば長崎に至るべし」との趣旨の意向を伝えた。これに対しラクスマンは日本との通交・通商を望む旨の意思を伝えたが、幕府は長崎への入港許可書(信牌)を与えたに過ぎなかった。しかし2回目の会談で光太夫と磯吉の二人が幕府側に引き渡され、光太夫と磯吉は旧暦の7月16日に松前を出発、8月17日に江戸に送られた。

果てしなき世界を知り、激しく時代を駆け抜けた男 - 幕府の老中松平定信は光太夫を利用して露西亜との交渉を目論んだが失脚。 その後は江戸で屋敷を与えられ、数少ない異国見聞者として桂川甫周や大槻玄沢ら蘭学者と交流し、蘭学発展に寄与。 桂川甫周による聞き取り『北槎聞略』が資料として残され、波乱に満ちたその人生史は小説や映画などでたびたび取りあげられている。

日本と露西亜との交流は、1854年に露西亜帝国海軍のプチャーチン提督率いる「ディアナ号」が下田に来航し、翌1855年に江戸幕府の筒井政憲・大目付、川路聖謨(としあきら)・勘定奉行との間で日魯通好条約が調印された時から本格的に始まります。安政二年五月プチヤーチン、伊豆戸田湊の牛ヶ洞で戸田の船大工や伊豆近在の多数の大工の協力を得て一隻の西洋型帆船を建造した。勝海舟曰く、「これこそ我が国の近代造船の始めである 」

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