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七人のおたく cult seven (1992)

監督
山田大樹
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2.92 / 評価:113件

「総力戦」を目指すおたく

  • byu***** さん
  • 2020年8月30日 16時34分
  • 閲覧数 132
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    • 総合評価
    • ★★★★★

撮影時期が91年中頃とするならば、
ウンナンは「やるならやらねば」で大ブレイク中、「東京ラブストーリー」「101回目のプロポーズ」直後の江口洋介、「もう誰も愛さない」で頭角を現していた山口智子。
武田真治はこの頃はまだ駆け出しも駆け出しではあるものの演技力ではすでに目を見張るものがあり、その後90年代フジの連ドラにおいて名バイプレイヤーとして欠かせない存在となる。

脚本はホイチョイ3部作でおなじみ一色伸幸。制作はもちろんフジテレビジョンという、もう90年代初頭のあの頃のザ・フジテレビなプロダクションである。

テーマとなる「オタク」にあっては、90年代初めの時代は今の若者には想像できないほどの超冷遇期であった。
89年の宮崎勤逮捕の余波がまだまだ酷く、エヴァまではまだ遠く、一般的にオタクといえば完全に「キモい」「社会不適合者」「犯罪者予備軍」というイメージだった。

今作は彼らのそういった「危うさ」も匂わせながらも、基本的には「職能としての」オタクのいびつな総力戦を描いている。
ものづくりの「現場」などでは体感として共有されていたかもしれない、
専門分野の職人性とオタク気質を結びつけるという視点を大メジャーの遡上に乗せたという意味では先駆的だったのではないだろうか。

単なる商業上の要請であったとしても、おたく七人の中に女子がいるというのも改めて観るとバランスが良い。
そういう意味では各人のルックスにありがちなオタク的誇張が全くないというのも地味に凄いと思う。
ただこれに関してはこれまたタレントイメージを守るためだけの商業上の理由なのか、
まだメジャーがおたくというもののビジュアルの類型を単に掴めていなかっただけなのか、その両方なのか全く分からない。
ただ言えるのは「電車男」の頃のようなおたくコスプレ感はないという事だ。

当時的感覚として「真っ当な理念を持って」おたくコスプレをさせなかったという線はかなり低いと思うのですが、
ファッションのみならずおたくの人物像にも必要以上に彼らを貶めるようなカリカチュアが見られない点、それどころかリスペクトすら感じられる事からも、
真っ当におたくの地位向上を目指していた可能性もあるのかもしれない。

ただ先駆的であったと言えば聞こえはいいが、逆に言えば現実の過酷さは全く描かれていなかったとも言えるだろう。
おたくの社会的自己実現など夢のまた夢。それこそ負け戦の現実、生きにくさなどは彼らがどう見ても孤独である(時には属するコミュニティの中でさえも)という事以外にはハッキリと描かれる事はない。

まあそんなもの大フジテレビで作った所で当時は誰も喜ばないだろうし、コメディだし。

ところで七人の侍とはタイトルと主要人物が7人な事、あとは強いて挙げれば義憤の戦いの物語である(まあこれは半分欺瞞なのだが)という事以外は一切絡んでこない。
金で集められた7人が経済に牛耳られている漁村民と戦い一度は敗れるも、
結果勝利するのは再び金以外の目的で集合する7人(国城は微妙なところだが、最終的に半分留まるのでね。それぞれが再集合する一義的理由が決して「ティナの為」ではない事が絶妙な塩梅だなあと思います)と経済より子供を選んだティナ。

バブルの反省を抱えながらもその重みを真には感じ切れていない90年代初頭、やはりここにも「カネ」への複雑な視点が入る。ホイチョイ最終作「波の数だけ抱きしめて」から地続きのこの苦虫感に、この後いよいよドラマ・バラエティ両輪において圧倒的な地上波の王として最後の黄金期を迎えるフジテレビジョンが懐に持っていたカウンター感を感じる。

詳細評価

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