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まあだだよ

おじさん

2.0

ネタバレこの映画を先生が見たらなんと思うだろう

内田百閒がすさまじい難物で困ったおじさんだったことはよく知られている。なにしろ「随筆家なんて呼ばれたくない、私の書いているのは文章」「先生の本は面白いですねと言われた。あなたがたの思う意味で面白いものを書いているつもりはない、失礼な」と本気で怒って“文章”に綴っているような人物だ。ユーモアも同時に持ち合わせていた人ではあるが、もうちょっと生身の百閒の描き方があったんじゃないだろうか。 先生と生徒が信頼関係を築く場面が全くないため、なんで教え子にあれ程慕われているのかが理解出来ない。生徒が着ているのが学ランなので分かりづらいが、冒頭の教室は法政大学、百閒先生は生徒達と夜ごと飲み歩き、夜中の街でイタズラをして回るような不良教師であった。今なら新聞記事になりかねないような悪質なこともしていたかもしれない。しかしそういう無邪気な人だから生徒達が回りに集まってきたのであって、若かりし日の百閒先生を挿入するなどすれば、もうちょっと自然な人間模様になったのになと、残念に思う。 先生にとってノラとクルツは本当に大事な「家族」だった。どう見ても嫌がる猫を無理矢理抱いて受け渡したりしているが、あのシーンで黒澤の才能は尽き果てて、完璧主義者のかの字も失われているのだと感じた。ゴッドファーザーの冒頭にも猫を膝に抱くシーンがあるが雲泥の差だ。 先生はクルツが大往生して納得しなかった。獣医に“今回だけはなんとか助けてくれ”と無理難題を言い、死んだときは泣きじゃくった。ノラは死に目に会えなかったからか、クルツの死は本当に丁寧に文章に残した。猫が好きだから飼っていたのではなく、小さな二匹の命に出会って逃れられず家族として一生の面倒を見た、そういう先生の覚悟がこの映画からはなにも伝わってこない。 黒澤明は本当に内田百閒の本が好きでこの映画を撮ったのか? 二冊くらい読んでなんとなく脚本を書いたのではないか、そんな疑問が湧いてきてしょうがない。 だって法政大学の騒動も、飛行機も、列車も、借金も錬金術もなーんにもでてこないんですよ。これが内田百閒の伝記だといえますか? ちなみに奥さまとして登場している方はあの期間は奥さんではありません。愛人です。

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