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わが愛の譜 滝廉太郎物語

mil********

4.0

名曲あふれる邦画の逸品

「花」「荒城の月」「箱根八里」などの名曲を残し、23歳という若さで病に斃れた滝廉太郎。 この映画とても好きなんです。時々無性に見返したくなります。 滝廉太郎(風間トオル)の音楽への情熱、そして短い生涯を、幸田一族でピアノの英才教育を受けた中野ユキ(鷲尾いさ子)や、友人鈴木(天宮良)らとの交流を絡めながら描いています。 大分県竹田から上京し、東京音楽学校(現東京藝術大学)で学ぶ廉太郎。 遅いスタートながらピアニストを目指して練習に打ち込み、そして作曲にも励む。 文部省外国留学生にも選ばれ、中野ユキから一足遅れ、ドイツライプツッヒへと旅立つが、徐々に身体に変調をきたすようになる…。 明治時代、日本における西洋音楽の黎明期。そして、その要となる東京音楽学校。 当時まだ新しかった西洋音楽の芽生えの息吹…私は音楽好きなので、そういう舞台設定というだけでもワクワクしてしまいます。 そして西洋音楽の中から滝廉太郎という天才が切り開く日本歌曲の道筋。 たとえば、女性二部合唱「花」の登場のシーンです。 …ピアノの前に座っている廉太郎とそこに置かれた楽譜。 東くめ、という女性が覗き込んで、「あら、これあなたの(作品)?女性二部合唱なの…」 「春の~うららの~隅田川~」と東くめ、初見で歌いだす。 もう一人別の女性もアルトパートで入り、美しいハーモニー。 皆、呆然。「素晴らしいわ」。 …と、そのまま練習シーン、そして舞台での本番演奏シーンとつながっていくのですが、その歌っている女性たちが、とても溌剌とした、喜びに満ちた表情をしているのですね。 新時代の偉大な芸術の誕生を迎えた、その感激を歌い上げるかのような。 …繰り返し見てしまう場面です。 留学する廉太郎の「送別演奏会」のシーンでは、ソプラノの佐藤しのぶさんが歌手役をつとめ「荒城の月」を聴かせてくれたり…と、この映画全編に聴きごたえのある音楽シーンが満載です。 廉太郎がチェルニーやバッハなど、ピアノに没頭するシーン。 中野ユキが廉太郎とベートーヴェンの「熱情」の猛練習をするシーン。 成功した中野ユキがドイツのオーケストラとピアノコンチェルトを演奏するシーン。 …特に音楽好きの方には、こたえられないっ、と思います。 とはいえ、もちろん廉太郎の情熱、友情、悲劇…といったドラマの部分も丁寧に描かれていますので、特に音楽好きでない方にも充分楽しめる映画だと思います。 さて、廉太郎役の風間トオルさん、意外に(といったら失礼!)熱演しています。 丸メガネの、紅顔の美少年ぶりもいいですね。 廉太郎の清廉さ、真面目さ、素朴さ、優しいけど音楽への意思は強く硬い…そんな雰囲気がよく出ていたと思います。 …といっても実際の廉太郎の人物像は私もよく知らないのですが、逆に「きっと滝廉太郎とはこういう人だったのだろう」と思わせる説得力を風間さんに感じました。 最後の病気のシーンがイマイチ重病に見えない、など「もう一歩踏み込んで欲しかったなぁ」と思ってしまう部分も少々残しながら、しかしこの映画では風間さん以外の廉太郎は考えられないかな、と。 鷲尾いさ子さんは、不思議な存在でした。 セリフが棒読みに聞こえたり、と演技にかなりぎこちなさも感じるのですが、でも確かに中野ユキという女性の雰囲気はムンムンと醸し出しているのですね。 振る舞いは丁寧で優しいけれど、お嬢様にありがちな我儘な面あり、あの時代に単身ドイツに行く強さもあり、そしてピアニストとしての壁に悩む弱さもあり、と。 演技力としては疑問、しかし中野ユキが確かにそこにいる、というような不思議な存在感。ある意味すごいです。 そして、この人とても上品な美しさがありますね。 袴姿もきれいだし、あの時代のクラシカルな西洋ドレス姿も嫌味っぽくならずによく似合う…。 廉太郎のよき先輩格である鈴木役の天宮良さん、廉太郎にほのかに思いを寄せる娘フミ役の藤谷美紀さんも良かったです。 音楽への激しい情熱を持ち続けながら、病気という運命に行く手を阻まれた廉太郎の最後は、本当に切なく胸に迫ります。 漫然と生きている私は、ありがたくこの時間を生きよ、と背中をたたかれる思いです。 そして廉太郎の最後の作曲となったピアノ曲の小品「憾」(うらみ)。 溢れる才能を与えられながら、時間は与えられなかった、そんな行き場のない思いがこの曲に凝縮されているのでしょうか。 ピアノ曲でありながら、どことなく日本的な響きのするこの曲。 そして、遠い異国の地で廉太郎の悲報を受け取ったユキ。 彼女が一人弾くこの「憾」(うらみ)が、この映画の最後に忘れられない余韻を残してくれました。

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