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アンネの日記 The Diary of Anne Frank (1995)

監督
永丘昭典
  • みたいムービー 8
  • みたログ 48

3.83 / 評価:12件

もしも希望を捨てなければ

  • hoykita194 さん
  • 2008年8月1日 18時02分
  • 閲覧数 624
  • 役立ち度 4
    • 総合評価
    • ★★★★★

 ジョージ・スティーヴンス監督「アンネの日記」(1959年)を見てすぐ、この永丘監督のアニメ版「アンネの日記」(1995年)を見た。
 スティーヴンス監督「アンネの日記」に、あまりに失望した余波で、アニメ版「アンネの日記」を見る私の目は、思わず知らず冷ややかな目になっていた。
 どうせまた、上っ面だけの安っぽいお涙頂戴劇を見せられるのだろう。
 さて、その結果はどうなったか――。
 プロデューサーや監督は、このアニメを誰に見せようと思って作ったのだろう。
 アンネも姉のマルゴも、まず絵柄がかわいくない。
 13歳のアンネと15歳のマルゴが、何でおばさん顔なんだ?
 13歳の女の子がアルトの声域でドスがきいていたんでは、かわいさからはほど遠い。べつにキンキンのアニメ声がいいとは思わないが、でも、大人はともかくとして、せめてアンネや姉のマルゴぐらいは、かわいいキャラクターにしなくては、アニメにする意味がない。
 こんな大人びたアンネやマルゴでは、とても子供たちが喜んで見るとは思えない。
 アニメのキャラクターがどれもこれもかわいくなくてはならないわけでは、むろんない。
 しかし、大人向けのアニメならともかく、子供を中心にに見せるのだったらそのつもりで作るべきだ。
 ぶつぶつ……。
 というようなことを、思いながら、3分の1ぐらいまで見ていた。
 ただ、アムステルダムの町並みや風景の映像は、落ち着いていて詩情があって、とてもよい。本当に心にしみる映像になっていて、これだけでもこのアニメ版「アンネの日記」を見て、損はなかったかな、と思い始めていた。
 さて、ミープさんの好意による隠れ家生活は、アンネ一家4人に、ペーターを含むファン・ダーンさん一家3人が合流して、さらに歯医者のデュッセルさんが加わる。都合8人の共同生活になった。
 予想されたことだが、細かい不和や行き違いが、ときおり彼らの共同生活にちょっとした波風を立てる。そのたびに、この先やっていけるのかという不安がよぎる。しかし、お互いに自分のエゴを抑え、歩み寄り、8人が心をひとつにしていく様子が丁寧に描かれていく。
 すると、しだいしだいに、アンネの心に、また他の7人一人一人の心に、さらに映画を見ている私の心にも、確かな「希望」の灯がともりはじめる。
 アンネの心にともりだした「希望」の灯は、アンネが住む隠れ家の片隅から生まれたささやかな灯だが、それは、確実にともり続けて、やがて彼らの、そして私たちの生きる力となっていく。
 しかし、物語は、連合軍のノルマンディー上陸など、ラジオの伝える戦況の好転とは裏腹に、泥棒の侵入や、生活物資の窮乏、八百屋さんに匿われていたユダヤ人の摘発など、しだいに不安をかき立てる方向に、否応なく進んでいく。
 ――突然、摘発の時が来た。
 一人一人、静かにナチのトラックに乗せられる。
 あとには、もぬけの殻になった隠れ家と、アンネの日記が残される。
 エンディングがとても象徴的だ。チェックのカバーに包まれたアンネの日記と、燭台にともされたローソクの灯。
 アンネがともした「希望」の灯は、このローソクの灯のように、われわれの心の中に永遠に燃え続けるのだと思う。
 最後に、マイケル・ナイマンの音楽が素晴らしい。
 アンネの15歳の誕生日の場面で歌われる「IF」。
   もしも希望を捨てなければ
   まぶしい夏の日もむかえられる
   もしも希望を捨てなければ
   きっと明日は青い空が見える……

 そして、夕闇に包まれてゆくのアムステルダムの街を背景に歌われる、エンディングの「WHY」。
ねえパパ
なぜ人は愛し合えないの
なぜ人はいつまでも憎しみを捨てないの……

詳細評価

物語
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