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三たびの海峡 (1995)

監督
神山征二郎
  • みたいムービー 3
  • みたログ 14

3.13 / 評価:8件

歴史認識とは別に、精神文化的な何かが……

  • 百兵映 さん
  • 2015年6月27日 17時20分
  • 役立ち度 1
    • 総合評価
    • ★★★★★

 敵対関係だった歴史事実を映画にする場合、双方が納得する作品にはなるまい。太平洋戦争の映画でも、日・米のどちらで作ったかによって、随分と描かれ方が違う。近隣国からさかんに言われる「歴史認識」が、そう簡単に共通のものにはなり得ないだろう、と改めて思わされる映画だった。

 日本人が作った日・韓史の映画。どちらからも褒められることはないだろう。そういうものだ。よく言われる“恨の文化”だが、ははぁこういうことかなと思った。歴史認識という多分に政治的・外交的なテーマは政治的・外交的に、そして科学的に検証・議論していただくことにして、本作では、余命いくばくもない老人の“究極の選択”に強いインパクトを感じた。

 50年来の“恨”を取るか、目の前の“安寧”を取るか。私だったら(あるいは身近な友人・知人も含めて)どっちを取るか。はたまた、欧米諸国ではどう考えるだろうか。いやいや、隣国の若い世代はどう考えるだろうか。これはどうも「歴史認識」ということでもなさそうで、人生観や精神文化の領域ではないのか。そうだろ、キムチとタクアンの違いのように感じられる。

 テーマから外れて:
 三國連太郎氏がここでもずっしりと重いものをしっかりと演じきっておられる。事業を起こして成功した“会長”職という役柄。つい、『釣りバカ』の鈴木建設社長に重なってしまう。映画の世界では、一旦『…海峡』で絶命されたが、もう一度社長職に復帰していただいて、窮屈な社会に一服の爽快感を振りまいていただいた。苦労人の余生、悠悠自適という気品というか存在感というか、その下地が本作のようなシリアスな作品で発酵されているように、私には見える。

詳細評価

物語
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