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トキワ荘の青春 (1996)

監督
市川準
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3.00 / 評価:150件

キャベツ炒めの青春

  • 諸星大五郎 さん
  • 2007年6月28日 23時16分
  • 閲覧数 798
  • 役立ち度 49
    • 総合評価
    • ★★★★★

 ホワールさんの『黄色い涙』レビュを読んで本作を思い出しました。
若いときに様々な夢を見る。夢は実現させようと思ってこそ「夢」とはよく聞きます。しかしその夢に到達できるのはほんの一握りの人、と私は思っていました。

 寅さんの映画で何作目かは失念してしまいましたが、こんな場面があります。
 いつものようにタコ社長が話題を提供します。子供のころ何になりたかったか。みんなは、弁護士だとか先生だとかワイワイ。
 「みんな、大人になって夢をあきらめちゃったんだよなぁ。寅さんだけだな。夢を実現したの。だって子供のころからテキヤになりたいって言ってただろ」 
この後はお決まりの寅屋の大喧嘩になります。

 私も夢をあきらめて今を働いている、と思っていました。でも最近になって気がつくことがあります。私、若いときにプロ劇団の裏方のお手伝いをしたことがあります。役者になれたらなぁなんて思っていた時期があった。その気になればなれたと思います。もちろん名のある役者になんてなれるはずもない。でも、たとえチョイ役でも舞台には立てたでしょう。努力さえすればアマチュア演劇かもしれないけれど舞台には立てた。役者になろうと思うことが夢なら、エキストラでもよかったはずなのです。要は私の役者への夢そのものが脆弱だったということなのですね。
 
 歌手になりたかったら、ストリートミュージシャンから始めたっていい。食えなくっても、それがまず歌手への道なら、元気に歌えばいい。いや、観客が少なくたって、収入がなくたって歌手になりたいという夢は既にそこで実現している。「小さな実現」と言う具体的な事実の積み重ね。それが到達点をより高いところへ導くのだろうと思います。若い私にはそれがわからなかった。
 
 私は今、昼は仕事をしながら、夜は文章の仕事をしています。40歳になって始めた俳句がきっかけで少し文章の仕事をいただけるようになりました。私はモノ書きとしてはまったく無名です。でも、自分が若いころ捨ててしまっていた夢のひとつであった文章の仕事。それで食えなくとも、ようやくひとつ実現できたというわけですから、今の夢の到達点、それを大切にするその積み重ね。それって、とても大切なことなのだなと、この歳になって悟りました。

 トキワ荘に手塚さんを慕って集まってきた若き漫画家志望さんたち。石森章太郎、赤塚不二夫、藤子不二雄、その仲間がビッグネームに成長します。逆に、漫画の世界から身を引いた作家さんもいた。本作は漫画家というある意味特殊な青春を歩んだ人たちのお話ですが、今を生きる若い方たちにも共通する「夢」の物語でもあります。漫画ファンにとっては古典となった名作の作者たちの若いころ。若き日の阿部サダヲさんは本作で映画初出演ではなかったでしょうか。どの役者さんが誰を演じているか、なんてとこも見所です。

 市川準監督らしく静かな物語です。
『鼻毛が伸びる力を平和利用したい男さん』が、本作市川監督の映画作りについて丁寧にレビュしておられますので、どうぞご参考に。


 若いときの手塚さんは、後輩を招いてはトキワ荘の自室で夕食を一緒にしたそうです。漫画の話しばっかりしていたのでしょう。夕食のオカズが出てきますが、まだ食えなかった時代の手塚さん。キャベツを炒めたものでみんなと飯を食っていたそうで、映画でも描かれています。私も自力で学校へ通った貧乏学生でしたから、キャベツのお菜だけで飯を食うなら、それは炒めるに限るということを知っています。(あんまり腹がへったので、友人が北海道旅行でお土産にくれた、瓶に入ったまりもを炒めたことがありましたが、まりもは炒めてもやわらかくなりません。今、ひもじくて、目の前のまりもを食おうと準備している方はご注意)

 私のような年配の方には若干のノスタルジアを、若い方には今の若さって素敵なことだと教えてくれる佳作と思います。 

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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