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失楽園 (1997)

監督
森田芳光
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3.02 / 評価:450件

渡辺淳一が自分の世界を絶対化したかった?

  • par***** さん
  • 2020年11月14日 17時40分
  • 閲覧数 483
  • 役立ち度 1
    • 総合評価
    • ★★★★★

映画が流行って、少したってテレビで見て以来でした。当時は、こんなに歳を取っても、そんなになるものかと否定的に見ていた記憶がある。
 今回は、50代後半になり、いろいろと考えながら見た。尺が短い中に収めるには大変だったのだろうが、関係が露わになっていったときに、当の二人がほぼ動じない、狼狽えないことは、あり得ないだろう。二人の世界は、家族や同僚などには理解できないだろうと考え、二人が自分たちの世界に入り込んでいるにしてもだ。そして、家族もあまり非難せず、久木の家族などは、尊重すらしているようにも見える。現実離れしている。また、それほど、家族や世間から追い詰められいるわけでないのに、死へ直行? 訳が分からない。
 家族とも切れ、仕事もやめて、二人きりになって、今が最高の状態にしても、これだけ交わるのが好きならば、直ぐに死を選ぼうとはしないだろう。肉体関係が主な関係は、いずれは覚める。男女の関係は、性愛だけでなく、一緒に生活するうえでの嗜好、お互いの思いやり、社会的な繋がり、家族の成長、価値観など、多くのものが二人の間に共有されて深まるものではないだろうか。家族や仕事との縁が切れて、このままいけば、ジリ貧の二人は、現実世界が夢から覚めさせて、別れに至るかもしれない。現実はそのようなものだ。そこに陥らないための最後の結末にも見える。
 渡辺淳一は、性愛の地位を高めるために、究極の性愛、永遠に繋がる性愛を描きたかったかもしれない。しかし、それは現実にあり得ないが故に、このような描き方になったのではなかろうか。
 性愛の位置づけが高い人は、受け入れるかもしれない。しかし、人生は、もっと複雑で、多面的なもので、社会的なものである。一時的な陶酔は、ロマン派がそうであったように儚く消えてしまうものではなかろうか。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • 絶望的
  • セクシー
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