愛を乞うひと
4.0

/ 364

43%
30%
18%
5%
5%
作品情報上映スケジュールレビュー

あらすじ・解説

解説:allcinema(外部リンク)

作品レビュー(57件)

切ない26.4%悲しい22.3%泣ける18.2%絶望的12.4%恐怖9.9%

  • エル・オレンス

    5.0

    ネタバレ名演技が傑作に押し上げる。

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • たま

    2.0

    すっきりしない

    家庭内の虐待とはこういうものなんだなと、よくわかります。でも、大人になった主人公が普通過ぎる。虐待を受けた後遺症がない。見えないのが違和感。 あまり悩んでいるようにみえない。 お母さんを憎んでいる様子にもみえなくて、お母さんが愛を人に乞うように、彼女が母に愛を乞うところが薄いので、深みがなくモヤモヤしました。

  • cyborg_she_loves

    5.0

    大好きだからこそ虐待する心理

     すっごい重い映画で、最後まで一気に見れませんでした。  途中で耐えられなくなって、見るのやめて、でも「これってもちろん、こういう結末に行く、って話だよな?」と気になって、また見始めて、結末まで行って、思ったとおりの結末なんだけど、納得できたとか、感動したとか、幸せな気持ちになったとか、いうことは全然ないんですよ、でも、望みうる最善の結末になったということはわかる、っていいましょうか。  ややこしい書き方ですみません。でも、この、とんでもなくややこしい後味を残すところが、この映画のいいところで、☆5つつける気になった理由なんです。  こういう大事な問題を、じっくりと考えさせてくれたところが、です。  人間には、血を分けた肉親だからこそ、その人のことが心の底から大好きだからこそ、とことん虐待せずにいられなくなる、という心理が、あるんですね。  そういう人っていうのは、自分のことが好きになれない、とても不幸な人なんだと思います。自分のことが好きになれないから、自分が大好きな人が、大好きだからこそ、幸せになるのが許せない。孤児院からわざわざ引き取ってくるぐらい大好きな子が、でも徹底的に不幸でいてくれないと、その子が好きでいられない。  もちろん、そんな考え方は間違っています。私だったら、そんな考え方をする人を、絶対に許せません。  でも照恵は、母の豊子のことを、……許してはいない(17歳の時に死んだのよ)、最後まで許しはしないんだけど……でも責めないことにした。  だって、ものすごくゆがんだ形でではあるけれど、母はじつは自分のことが大好きだったのだということが、わかるから。わかってしまうから。  すごいな。私だったら絶対こうはなれないな。でも、こんな人間であれたら、すごいな。  そう思いながら見ました。  照恵と豊子を原田美枝子さんの同一人物に演じさせ、しかも照恵の幼年時代と今とを頻繁に往復することで、この2人の人物が観客の中で重なり合うようにわざわざ演出したのは、この物語の意味をしっかりとわかった人の演出だな、と思いました。

  • とみいじょん

    5.0

    光…   自分の中の”愛”と向き合う映画

    虐待は、意識的にも、無意識的にも、連鎖する。しない場合もある。 この映画へのレビュータイトルが「光」なんて、なんなんだろうと思われるかもしれない。 でも、この凄まじい虐待場面が繰り返される映画に、 このような暴力こそなくても、親・大切な人から認めてもらいたいと日々努力しているけれど叶わない、私をはじめとする世の中に満ち溢れている愛を乞う人への”光”を見た思いがした。 昭恵は、子を虐待しなかった。  昭恵には、貧しいなりにも昭恵を大切に扱ってくれた人々がいた。アパーであり、王さん夫妻であり、弟。就職した先もブラック企業かと思いきや、労働者を大切に扱う会社だったらしい。上司から給金を渡される場面の気持ち良いことよ。  そんな心のつながりを大切にして、結婚・親子・職業生活の中に生かした昭恵。娘の、言いたい放題が許されると思っているようなノビノビとした言動と、自己信頼に基づいた水泳への打ち込みかたから、いかに両親の愛を一心に受けて育ったかが見て取れる。 そこに、”光”を見てしまった。 人は、生い立ちに縛られるだけではない。糧として生きることもできるんだ。 人は、母親だけに育てられるのではない。いろいろな人の愛・影響を受けて育っていくんだ。 と、同時に”闇”をも目をそらさずに描き切る。 身近で起こる日常的な暴力に、人間は慣れることができる。そこらじゅうで起こっているいじめ・ヘイト行為を変に思わなくなるように。昭恵に対する暴力に慣れてしまった和知のように。 そして、母・豊子が凄まじい。  昭恵を憎んでいるわけではない。和知が中学の制服を昭恵に買ってきたときの、豊子の喜びよう。ああ、やはり親なのだと思ってしまう。  けれども自分の思いをわかってもらえなかったと思ったときに…。ムシの居所が悪かった時…。同族嫌悪:自分の見たくない部分を昭恵の中に見てしまったとき…。昭恵の表情に、周りの反応に、自分への反発・軽蔑・悪意を読み取ってしまったとき(実際にそうかは関係ない、豊子がどう感じたかだ)…。そして気持ちが高ぶってしまうと、どうにも止まらない。  と、同時に、沸点を超えると、精神状態がリセットされてしまう。暴力の後、人が変わったように、髪をすかせる豊子。自分の気分を良くさせた昭恵にかける言葉。憑き物が落ちたように変わる。その言葉に喜ぶ昭恵。  時折見せる優しさ。  ギャンブルのような関係。”また”の優しさを求めて断ち切れない。 なんたる愛憎劇。  父の骨への妄執。まるで、自分への愛をかき集めているかのような作業。  昭恵もまた愛を乞う人なのだ。だが、昭恵は縋りつかない。べたつかない。娘への、弟へも、母へも。それだけに、なおさら、観ているこちらが愛を乞うてしまい、つらくなる。  豊子が相手を支配することで、愛を乞おうとしたのとは違う。 凄まじい。そして、豊子の、昭恵の空虚さに、胸が貫かれる。 そして、ラストは…。 そんな渾身の映画をこの世に送り出してくださったスタッフに感謝したい。 皆さん、おっしゃっているように、原田さんの怪演が背筋も凍る。  虐待場面は、あんな棒の振り回し方じゃ、本当には子どもに当たっていないだろうというのが見て取れる。それでも、あの凄まじい狂気・迫力。  母娘、まったく別の人格を演じながらも、そこに共通する”愛を乞う人”。周りが、大切な人が自分をどう見ているのかを気にする目は一緒。別人格の中での共通点。  豊子・昭恵の対面場面での息を飲む緊張感。  なんて役者なんだろう。 もちろん、周りの助演者も素晴らしいから、原田さんだけが突出した感じではなくて、映画に浸りこめられる。 特に中井さん。台湾の発音については語れないけれど、日本語を母国語として育った人ではない日本語の発音。恐れ入った。 そして、本当に子どもには当たっていないだろうと思われる虐待場面の中に、子役がトラウマになっていないかと心配してしまう虐待場面も挟み込まれる。よく撮ったなと、子役も含めてスタッフの本気度に頭が下がる。 筋が、展開がわかっていても、そのたびに感情が揺さぶられる映画。 泣けるとかそんな安易なものではない、もっと奥底の気持ちが揺さぶられます。

  • da5********

    2.0

    観客にとっては迷惑千万な暴力描写

    やりすぎたね。これは要R指定だ。 腕力足らずの細い女が多年にわたり手加減なしの肉体的暴力に走り続けるのも、それを周囲の誰一人本気では制止しないのも、そして会社勤めし始めた頃の娘まで一方的にやられ続けるのも、ありえないって。私がもし娘の弟や、義父や、隣人たちだったら、「そばにいると飯が不味くなる」という理由でこの狂女を三日おきにKOしてるよ。 ありえない。時代がいつであるかにかかわらず。 大量の返り血を「汚れちゃったじゃないか畜生」にしか繋げない母親は、その時点で殺人狂だよ。何で金払ってまでそういう場面を執拗に執拗に見せられなきゃいけないんだよ。 実父にムリヤリの近親相姦で十回以上妊娠(出産・流産・中絶とり交ぜてメッチャクャ)させられた末に最後泣きながら報復絞殺して尊属殺人罪に問われた栃木の事件、を映画化した方がマシ。あの痛ましすぎる昭和中期の事件には、父親の倒錯的な愛欲という弁解要素がまだあるし、気の毒な娘さんは、四、五人産んだわが子ら(やその孫ら)に愛情注いで穏やかな余生を送ったそうだし。 この映画の方は、とにかくありえない。暴力それ自体が目的になっているんだもの。作り話のくせに。 「攻撃と受け」は、すべての演技の中で最も簡単。ただ、気持ちを相当整理してからでないと原田は迫真のヒールに徹しきれなかった。そこで制作者らは、彼女の心のバランスをとるために、一人二役で淑女役も演じさせることにした。 狙いがミエミエだ! 「観客のためではなく、あくまでも作り手側の事情で一人二役にした」! あえて女優賞与えるなら、子役たちにだろう。原田の演技力なんてこの作品の中では大して褒められないよ。 かつて“燃える闘魂“猪木は、「ブッチャー対テリーはただの残酷ショーだが、俺とシンが組み合って表現した“腕折り“等は、男の戦いの神髄」と語った。 時を経て、粉々の蛍光灯や画鋲だらけのハードコアはまだいいとしても、「弱い者いじめの顔面破壊事件」にすぎない世IV虎対悪斗の凄惨映像ばかり延々と見せられたら、人は耐えられない。 ベビーフェイスがやられにやられてからの反撃(力道山でいえば空手チョップの時間!)がなかなか来ない。最後まで来ない。──それをやりすぎたら、観客の暴動を誘ってしまうよ。 サッカーや野球だって、観客をナメきった乱試合において不甲斐なさ等が限界超せば、観客は暴れだす。世界中でそう。FIFAから「次回は無観客試合にせよ」と指令が来るよ。この映画も、いっそ「無観客上映」がお似合い。 娘よ、逆襲しろ! 説明や微笑やロードムービーやセブンスターでごまかすな。泣きながら「泣いてもいい?」なんて美しすぎること言うなよな。 何才からだって遅くはない。美容室に乗り込む際、水泳の娘(ところでなぜシングルマザー?)とこう会話してくれ。 「今からお母さんは、死に損ないの鬼ババと対決するから。もしハサミであの女をメッタ切りしそうになっても、どうか止めないで」 「うん、わかった。それにお母さんが危なくなったら、あたしが加勢してあげる」 「あんたは時々嘘をつくから、その言葉信用していいんだか」 「お母さんのそういうとこ、嫌い!」 「ごめんごめん」 「『ごめん』は一回でいい」 「ハイ」 ────ところで、精神疾患歴のある者は理美容職に就くことが法律で禁じられてるんだけどなあ。 それにしても、あれだけ破壊され続けた娘が、今ではただの「感情コントロールが普通に上手で、身だしなみも常に清潔で、およそ癖らしい癖のない、若々しく美しい常識人」と化して水泳娘をきちんと育てているのも、ありえない。(スカートの後ろのスリットが常に真ん真ん中に安定。それも気に食わん。普通の女は一、二センチそれを左右にずらしたまま歩いてしまうものだぞ。) 繰り返し指摘する。悪魔を演じきらねばならない原田の心の安定のため、そして女優としての好感度(商品価値)を維持するために、極力「現在のワタシ」をグッドレディーにしておきたかった? もっと観客の気持ちだけ考えろ! カタルシスなき過剰暴力描写のせいで、鑑賞後二時間ぐらい私はかすかに吐き気がしていた。見舞金よこせ。

スタッフ・キャスト

人名を選択するとYahoo!検索に移動します。


基本情報


タイトル
愛を乞うひと

上映時間

製作国
日本

製作年度

公開日
-

ジャンル