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PORNOSTAR ポルノスター (1998)

監督
豊田利晃
  • みたいムービー 16
  • みたログ 79

3.03 / 評価:29件

リアルタイムで見てこそ。

  • sen***** さん
  • 2020年6月18日 8時12分
  • 閲覧数 248
  • 役立ち度 0
    • 総合評価
    • ★★★★★

この作品は大好きすぎて、もう死ぬほど見返した。
ソフトやパンフを集めて、劇中に登場するコルトポケットも買って、配信が決まれば即購入。18歳のときに上京して、初めて渋谷に降り立ったとき、荒野や上條みたいな奴がいるんじゃないかと、ドキドキしたくらいはまってました。
大好きなシーンだらけです。
冒頭のスクランブル交差点からまっすぐこちらにむかって歩いてくる荒野、
このシーンですんげー映画を見ている!と思った。こんな映画当時なかったんです。
通行人に平手打ちする上條のシーンは子供の自分には心底恐ろしく、
こういことあるかもしれない、とハラハラ感させられました。
荒野に身の上をかたるヤクザのいそうな感じも良くて、
そのヤクザを上條が落としたナイフを使って殺すという構成もいいですね。(上條が本当にしたいヤクザに対する下克上を荒野はなんの躊躇もなくやってのけてしまう)
その荒野をつかって松永を殺させるというのも上條の不完全燃焼、自分ではやり切れない歯痒さ。

不良少年たちとの交流と対立。
降る雨がナイフに見える、
というのが荒野の世界観なんですよね。
誰かの仲間になりかけても結局、そこに溶け込まない。溶け込まない。
ほんとうにカッコいい。
もしかしたらナイフで刺す以外に他者に関わる術を持たないのかもしれない。
バックの中にあるナイフの数だけ人を狩ってきた=たった一つの関わりの証明なのかもしれない。

対して何者かになろうとする上條や仲間たちが切ない。
永遠に続くことのない限られたコミュニティーのなかで、微かに見えるお互いの思いやりや尊敬や労りがありながら、
結局は決して交わることがなく裏切りの連鎖に発展してゆく。
組長と息子の二人っきりの誕生日ケーキのシーンなんかも、すごく切ない。
90年代後期の空気、青春像を見事に表している作品。
初めて見る人にはなんじゃこりゃな作品かもしれませんが、
私にとっては紛れもなく自分を形作った作品の一つです。
………………………………………………
パンフレットに宮台真司による解説がありますので参考にまとめると…

本作は〈脱社会(荒野)〉と〈反社会(上條)〉が拮抗するドラマ。

〈脱社会(荒野)〉
社会の中に生きない。
コミュニケーションを通じて何かを達成できるとは思っていない。
社会の中で承認されようとは思わない。
暴力そのものにダイレクトに感応する。
コミュニケーションを断絶しているからこそ、存在証明に敏感(墓碑銘の件)
世界の外に出て、自分が無意味なことに耐える。

〈反社会(上條)〉
社会の裏返しで、何かを達成しようとする。上昇しようとする。


さらに両者を媒介する存在の〈少女〉がいる。
〈少女〉は世界と自分がシンクロする回路をなんとか見つけ出してしまう。
〈少女〉は世界と敵対しない。
自分を消すことで世界と同化することができる。


また、脱社会とはメッセージの反対。
ストーリーには必ず意味が派生するがそれを無化する。
意味がなくても享受できるもの、
アンタンシテ=強度がある。
意味から強度へ。

…ということだそうです。
分かるような分からないような笑

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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  • かっこいい
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