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デルス・ウザーラ (1975)

DERSU UZALA

監督
黒澤明
  • みたいムービー 75
  • みたログ 438

3.90 / 評価:170件

西部劇のスピリッツも感じました。

  • pin***** さん
  • 2015年1月27日 20時58分
  • 閲覧数 686
  • 役立ち度 1
    • 総合評価
    • ★★★★★

学生時代以来久しぶりに見ました。

学生時代に見たときは、「これが黒澤か?」と違和感を感じたものですが、今見るとまぎれもなく黒澤だという事が感じられます。

黒澤と言うと、『野良犬』がそうであるように、ぎらぎらとした真夏の太陽のイメージがあるのですが、北の大地や雪に閉ざされた舞台もまた黒澤らしいではありませんか。

黒澤が若い時から親しんだロシア文学の影響もあるのでしょうか、厳寒のシベリアというのは、黒澤の作品によく合っています。

ドストエフスキー原作の『白痴』も北海道の雪に埋もれた町が舞台でした。

黒澤によって映画化されることはありませんでしたが『暴走機関車』も、北の大地を爆走する機関車が舞台、『夢』にも雪山が描かれていましたっけ。

実は極端なものならば、暑さも寒さも同じなのかもしれません。

極限の中におかれた人間の姿を描くのに、状況設定だけでなく、自然環境まで極限においてしまうのが黒澤なのでしょう。

最初に見たときは、自然の中に生きるデルス・ウザーラと誠実なアルセ-ニエフとの交流を、美しいロシアの大地の中で描いたヒューマンなドラマかと思っていたのですが、第1部では強靭な体力と自然の中で生きる知恵を持つ父のような存在デルスが、第2部で次第に衰えていく姿を見せるあたり、やはり黒澤が執拗に描き続けた師匠と弟子、父と子の物語がここでも描かれているようでした。

しかも、本作を境に、強かった父は次第に衰えを見せ、残されたものはそれを引き継ぐのではなく、諦念の境地で見つめるだけになっていきます。

デルスの死を見送るアルセーニエフはデルスの自然界での知恵を引き継ぐことはできず、都会に住む官僚で終わることになりそうですし、『影武者』の盗人は、所詮武田信玄を引き継ぐことなどできませんでした。

『乱』でも、衰えた父は息子たちに何も託すことが出来ずに狂気のなかに滅んでいきましたっけ。

悲しいことではあるですでが、芸も技も引き継がれるものではなく、自らの力で生み出すものでしかないのでしょう。

それを諦念の境地で見つめているような作品でした。

黒澤はハリウッド進出こそ失敗したものの、ソビエト映画だからこそ、本当の絵黒澤的映画をつくりあげることが出来たのかもしれません。

映像は時に雄大なシベリアの大地をリアリスティックに、時に幻想的に描いています。

音楽も、はじめ日本人作曲家によるものかと思っていたくらい、黒澤映画に寄り添っていました。

特に幻想的な調べなど。

いかにソ連側スタッフが黒澤の意を汲んで製作したかがわかる作品でした。

なお、ウスリー地方はシベリアの極東地域。

中国とも接しているので物語には中国人も登場してきます。

なにやら西部劇の白人とインディアンのような関係も見られるところが面白いではありませんか。

もしかしたら、黒澤はこの作品を作りながら西部劇のフロンティアスピリットと重ね合わせていたのかもしれません。

しかも、有色人種の深い知恵を描いているところは、新しい西部劇の時代を先取りしていたようでもあります。

詳細評価

物語
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