東風

LE VENT D'EST/VENTO DELL'EST/WIND FROM THE EAST

100
東風
3.4

/ 14

29%
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7%
作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(6件)


  • とみいじょん

    3.0

    映画の授業を見ているようだった。

    挑戦してみてください。でも「時間の無駄だ」と思っても責任取れません。 大学生が頭でっかちで作った学園祭用の自分達の為の映画のようなんだけど、ギリギリ「ただの学生映画」と切り捨てるには惜しい出来。なんとか最期まで鑑賞できる、否、見方を変えるとひきつけられる出来に仕上がっているのはさすがとしか言いようがない。 無知で、五月革命も、映画の歴史も知らないでの鑑賞。 映像と言葉の関係、 設定と画面の関係 演出と言葉の関係等をいろいろな角度から何度も再現してみせてくれる。 そういう点では、表現の可能性を探っているようにも見える。 と同時に、何を撮るのか、何故撮るのか、どう撮るのかを自問自答している。 言葉の定義にもこだわっていて、きわめて哲学的。 「革命」「革命」 ブルジョア階級と労働者階級との闘争に大変影響を受けているようだがこの点に関しては、ちょっとついていけない。  (「経営陣が、労働者から搾取して」って、今の日本の現状だと、過労死や過労自死しているのは、労働者より中間管理職や経営陣の方が多いから、「何言ってんだい」と思ってしまう。  一方でワーキングプアは問題だけど、倒産とかで失職した人も多いから、ブルジョアと労働者のニ者対立構造なんて、今の日本ではそんなに単純じゃないよとしらけてしまった。  主義主張は時代と共に変化するんですね) でも、 自分の意識を変えて今までにない映画を撮ろう、 本当に自分が撮りたい映画を模索している、 映画を生み出す意義って? と、そのもがきに、次はどうなるのだろうとひき込まれてしまう。 字幕に流れる言葉と画面が、通常考えるようには一致していないから、そこで思考を止めてしまうと極めて退屈。  何故このナレーションでこの映像?と思考しだすと、とても面白い。繰り返し、繰り返し観て、感性を磨く映画かな?つい解釈・説明を求めたくなるけど、監督に質問したら、もっとわけわからない論理の羅列をまくしたてられそうだから、それは遠慮しておこうと思う。 繰り返し、繰り返し観てと書いたが、普通の感覚ではニ度見はする気になれない。 よっぽどガチガチに煮詰まった時に鑑賞すると、異世界に連れて行かれたような戸惑い(パニック)に出会えて、思考を徹底的に揺さぶってくれる。そんな映画です。

  • fay********

    2.0

    造反有理!

    全く意味不明な台詞と映像でも飽きせずに見せてくれたのはさすがゴダールだと思いました。 敬意を込めて一点のとこ二点にしました、 帝国主義、資本主義、ニクソン=ハリウッドを最初から最後主観だけで意味不明な言葉を並べてボロクソに叩いてただけですね 良い意味では独創で実験映画、悪い意味だとチラ裏に書いとけよ的な映画でした。 きれいな嫁がいて好きな映画を撮って成功してる映画監督がブルジョワ叩き、底辺の私から見たら実に腹立たしい

  • spi********

    4.0

    考えさせられる映画

    はっきり言ってよくわかりませんでした。 でも自分も労働者だから言いたいことはなんとなくわかりました。 でも自分は日本で普通に生活できているから、 世界的に見たらブルジョアの方に入るのかな、とか考えたら またよくわからなくなりました。 革命して社会主義になった国は今どうなっているのか。 何のために、誰のために労働するのか(してきたのか)。 何のために学ぶのか(学んだのか)。 常識と思ってきたことがひっくり返ったようで、 いろいろ考えさせられました。 刺激的な映画でした。 見てよかったです。

  • ********

    5.0

    革命についての革命的映画の試み

    1969年。ジガ・ヴェルトフ集団。革命的な映画とそれを製作する集団の様子を描きつつ、政治的な革命を遂行する理論と実践、それを妨げる修正主義という敵についての言説からなる映画。五月革命直後の政治状況を受けてつくられた、革命について、革命的につくることを目指した映画。強烈です。 革命を目指す限り、歴史を踏まえなければいけないので、自由と民主主義を求めてきた政治的な歴史と、映画が描いてきた物語の歴史が描かれている。映画はグリフィスだろうがエイゼンシュタインだろうが、結局は同じことをやってきたのではないか。それは修正主義的に、現実を糊塗する(メイキャップ)ことに貢献してきたのではないか、という独りよがりな断定。ここでその政治姿勢を真剣に受け取ると面白みがなくなってしまうので、啖呵として切れ味の爽快さを味わいましょう。映画なのですから。 それで革命的映画をつくろうというわけですが、この映画がその革命的映画たりえているかどうかは疑問です。一つ言えるのは急進的左翼主義の危険が前面に出ていること。その後、周囲に修正主義のレッテルを貼っていくうちに自ら追い詰められてテロルに走る、という方向に行かなかったことだけは、JLGの軌跡が証明していますけれども。

  • dor********

    2.0

    東風も夢のあと

    シガ・ヴェルトフ集団時代のゴダールにはそれほど興味は無かったのだが、たまたま近所のレンタルビデオショップに置いてあったので、借りてみた。 感想。ものすっごいチープな映画。正直言って、少なからず幻滅を感じた。ゴダールほどの天才が、高校生が文化祭のために作ったような映画を作ってしまうのか、と。しかし、もともと非商業映画なので文句は言えない。借りた私が悪いのだ。 「階級闘争」だの「修正主義者に死を!」だの、なにやら不穏な言葉が並べられていて困ってしまうが、そもそも非商業的政治映画なのだから文句は言えない。借りた私が悪いのだ。それでも、原色のペンキをぶっかけたり、フィルムにキズをつけたりと、ゴダールらしいところもあって、なかなか楽しめるが、無理に作家性を出そうとしているようで少々見苦しいのも事実。もっとも、ゴダールひとりがこの映画をつくったわけではないので、文句は言えない。借りた私が悪いのだ。 政治思想には全く共感できなかったが、ゴダールの映画論・映画史論は興味深かった。政治思想的な語彙を借りてはいるが、ゴダールのテーマはほぼ一貫している。むしろ、『映画史』なんかよりよっぽどストレートに語られていて、分かりやすい。ようは、ゴダールの映画は初めから反抗的かつ実践的・闘争的であったということだ。 「社会派映画」と呼ばれる作品やドキュメンタリー映画が、現実を伝えるだけで実践的な行動に結びつかないただの娯楽映画であるという指摘は今日でも通用するだろう。アメリカ流の映画が、似たり寄ったりの「夢」を大量生産して、現実より本当らしいスクリーン内の世界に観客を「誘惑」しているという指摘も、やはり全く乗り越えられていない。映画が単なる娯楽以上のものと信じる者にとっては、速やかに乗り越えられなければならない壁であるにもかかわらず。 しかし、だからといって、ゴダールがこの映画でやって見せたような、煽動的で具体的方法を示した映画が正しいのかといわれれば、それも違うと私は思う。ではどうすればいいのか。はっきり言って、全く分からないのだが、たぶん、ゴダール自身にも答えが見つからないからこそ、いまだに映画を作り続けているのだろう。

  • cat********

    3.0

    ネタバレ実験は成功、

    このレビューにはネタバレが含まれています。
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