ここから本文です

風が吹くまま (1999)

THE WIND WILL CARRY US/BAD MA RA KHAHAD BORD

監督
アッバス・キアロスタミ
  • みたいムービー 24
  • みたログ 108

3.49 / 評価:41件

キッチュ

  • bar***** さん
  • 2019年2月3日 19時10分
  • 閲覧数 587
  • 役立ち度 0
    • 総合評価
    • ★★★★★

風が吹くまま。アッバス・キアロスタミ監督のイラン映画です。

私は監督の作品は初視聴。様々な賞を取った現代を代表する監督の一人という認識でいたのですが、この映画は非常に退屈ですし、難解で頭でっかちで内容の薄い作品に見えました。

何も事件が起こらない、ということを非難したいのではありません。ワンシーンワンシーンの意義が薄いことが問題なのです。まずセリフが多すぎますね。その一つ一つのセリフに意味があるのかといえば、確実に無いと思います。短いセンテンスの会話がずっと続きますが、それはキャラクター性の発露でもなく、ただの平凡な皮肉や言い訳や世間話です。セリフの奔流は決して良いことをもたらしません。表現性によるキャラクター性の輪郭が不明確になり、漫然とした雰囲気を残すからです。どうしてもセリフを過多にした状態の表現がしたければ、もっと念入りに、構造的な観点から設計しなければならなかったはずで、この映画のセリフの一つ一つはどこかにつながることがなく、ひとりでに消えてしまうのです。

そして意味の薄い長回しや、同じカットの頻繁な利用などが次にあげられます。長回しについては好みの問題でもありますが、私はその長回しがどういった表現的意義を(構造的に)持っているのかを見ています。この監督の長回しの表現は特に意味などなく、芸術的な好みの問題に過ぎないと考えます。小津監督をモデルにしているようですが、確かに長回しや固定したカットの再利用は小津監督の特徴です。小津監督とこの監督の違いは、やはりそのシーンに込められた意義の違いです。小津監督は均整な場面を創造し、その中に人間を与えることによって、人間の生活の特徴的な一面を描き出します。それがあまりにも美しく、またほかの監督には描けないほど独創的なので、私は小津監督が好きです。しかし、このキアロスタミ監督の長回しには、ただ斬新な芸術的好みを披露しようという自分勝手な意図しか見受けられず、キッチュ的表現者だと思います。

また全体的テーマ表現も、不効率で間延びしたものであり、長い時間を使って表現した割には、なんだかよくわからない、説得力の弱い、主観的な情感にすぎず、これもキッチュ的表現の範疇に入ります。芸術は一部特定の人のためにあるのではなく、誰もがわかりやすいものでなくてはなりません(難解なものもあって当然構いませんが、それならば当然「難解である理由」が必要であり、「難解である価値」が当然見いだされねばなりません。タルコフスキーやゲルマン、フェリーニなどが例に挙げられます。逆に難解であるだけで価値のないものでいえば、キューブリック、リンチなどが挙げられます)。

分かりやすさを意識して、無駄なシーンを排し、効率的にテーマ表現的構造を構築していく。これが完璧にできているのが黒澤監督やフォード監督、ルノアール監督、宮崎駿監督(の一部の作品)です。完璧にそうする必要などありませんが、最低限だれでもわかりやすく楽しめるような作品を期待したいところです。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • 知的
このレビューは役に立ちましたか?
利用規約に違反している投稿を見つけたら、次のボタンから報告できます。 違反報告
本文はここま>
でです このページの先頭へ