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菊次郎の夏

とみいじょん

2.0

「正男の夏」じゃなくて、『菊次郎の夏』

”ひょうきん族”系の笑いが好きな人にはたまらないのだろうが、私はだめだ。 ”ドリフターズ”系や、”てなもんや”系が好きなんだと改めて思う。 ひと夏の出来事。 会ったことのない母に会いに行く。 ちゃんと祖母に確認しなくていいのか?訳ありっぽいのにとか、あまりにも無計画で傍若無人な旅に、あきれ、つっこみを入れつつ、ああ、”ひょうきん族”のノリ?要所要所で、関りになる人が、”芸”を披露してくれて、”浅草芸人”のお披露目のように見えてしまう。 と、飽きてきたところに、旅の目的の場面があり、ほろっとしたところで、後半。さらにグダグダな展開が続く。 こう書くと目も当てられないような映画に見えるが、 麿氏演じる怪人が出てくる夢の部分は見事だし(うなされそう)、 トラックの運転手との乱闘の見せ方も見事だし(パントマイム?)、 夜のバス停の場面はそれだけで絵になるし、 正男の母との場面、菊次郎の母との場面は、胸をきゅっとつかまれる。 そして、グダグダなwwwが続く後半。 正男の楽しそうな顔。 祖母の愛に包まれて大切に育てられていることは、着ている服とか言動からもわかるが、こんな風に自分が中心で大人たちからかまわれたことなんかないんだろうな。 触法しているだろという出来事も含めて、絶対に、保護者=祖母とは経験できない”男”?のひと夏の出来事。正男にとっては決して忘れられない夏の思い出。 そんな風景が、久石氏の音楽、時に無音で包まれる。 とはいうものの、タイトルは「正男の夏」ではなくて、『菊次郎の夏』。 子どものお守りを押し付けられ、何とかしてやりたいという気持ちはあるものの、子どもの扱い方を知らない菊次郎。 そんな菊次郎が、正男を通して、子どもの頃から引きずるいろいろな思いを昇華したのかな。正男以上に、菊次郎にとって忘れえぬ夏になったのだろう。 他のレビューによると、”菊次郎”というのは、監督のお父様の名だそうな。 だとしたら、監督が実現したかった、お父様と過ごした夏を描いたのかな?あの親父ならこうだろうって。 DVDのおまけにある子役への監督の演技指導を見ていると、万人受けしそうな表情をする関口君に、監督はわざと不愛想な・下手な演技に見えるような表情をつけたりしている。正男を自分の子ども時代に重ね合わせて、「俺ならこういう表情してたぞ」と言っているのかと思うのは、私の思い込みか? 呼び方が「ボウズ」から「ぼうや」になった点が、とくにそう呼び方を変えたくなると凡人(私)には思えないエピソード(他にそれらしい意味づけをしやすいエピソードはあるのに)なので、失礼ながら、編集・記録・脚本のミスか?とも思ってしまうが、きっとなにか意味づけはあるのだろう。 そんな風に見直すと、いろいろな場面が愛おしくなる。 妙に間延びした展開すら、夏の暑さにうだる様、畑や浜に渡る風を表しているよう。 でもなあ、この映画見返すなら、他の映画を見たい。申し訳ないけれど。

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