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もののけ姫 (1997)

PRINCESS MONONOKE

監督
宮崎駿
  • みたいムービー 158
  • みたログ 1.9万

4.25 / 評価:3,455件

あきらめるにはまだ早い、と

  • pepe_roman55 さん
  • 2007年10月25日 17時19分
  • 閲覧数 2638
  • 役立ち度 48
    • 総合評価
    • ★★★★★

日本人は概ね、自然界とまあまあ上手に付き合ってきたと思う。
私達の根っこには、自然に対する畏敬の念が生まれながらに備わっているからだ。
それは大都会での生活を除いて、今もはっきりと存在している。
宮崎監督の<となりのトトロ>で描かれる里山の風景を見て切なく胸が痛むのは、単なるノスタルジーではなく、その風景が人間と自然の穏やかな関係の中間地点だと誰もが知っているからだ。
それを既に失ってしまったという後悔と、いや、今ならまだ取り戻せるという希望がせめぎあうから、胸がざわざわするのだ。
そしてこの映画で描かれるのは、今だ人間との関係が作られる前の猛々しい自然と、なんとかそれを御そうという人間のこれまた猛々しい時代だ。
原始の力に満ちた人間達も魅力的に描かれているが、屋久島をモデルに描かれたという神の森の絵は、美しいより怖ろしい。
でも本当は、自然とは怖ろしいものなのだ。
今でさえ、何百人の命も一ひねり、指先一つで町を滅ぼせるのだ。
だが恐れる一方で、人はそこに大きな何かが存在することを確かめ安心もする。
それがずっと、人と自然の関係だったのだと思う。
今でも、台風や地震などの自然災害に出会う度、ああ、人間ってなんて小さくて無力なんだろうと思う。
でもそれは悲しさと同時に、自分達もまた世界の一部なんだという何ともいえない感慨も呼び起こしてくれる。
<地球にやさしく>と、そういえばあまり言われなくなった。
やさしくしてもらわなければならないのは人間のほうだと、思い出したのだとすれば良い兆候だ。
私は、同じ死ぬなら病気や交通事故でなく、雷に打たれて死にたいと思った事がある。
また、死んだ後の自分の体を肉食獣に食べて欲しいと思った事もある。
そんなふうに自然の中に確かに還っていきたいと、私はいつも思っている。

さて、今になって何故<もののけ姫>なのかというと、実は主題歌を歌った米良美一さんの自伝を読んだからだ。
ご存知の方も多いだろうが、最近TVで、また自伝の執筆によって、ご自身の病気とそれをめぐる人生の遍歴について初めて語られたのだ。
音楽好きの私は<もののけ姫>以前から米良さんのファンで、米良さんがプロフィールで病気ついて一言も触れないのは根の深い事情があるからだと思っていたし、またそんなことは音楽には何ら関係ないと気にもしなかったのだが、想像を超えた壮絶な病気との苦闘と、感謝の言葉でそれを語る米良さんに、涙がとまらなかった。
そして<もののけ姫>との出会いが必然のものであったこと、それによって人生の歯車が大きく変わり、苦難の末に今の自分に出会ったことが語られている。
これを読んで、<もののけ姫>が今までとは違って聴こえ、映画さえ違って見えてくるのに驚いた。
<もののけ姫>は自然と人間の物語だが、より人間に深い理解を示してもいることが今ならわかる。
絶望とみせかけて、人がどこまでも変われることに希望をつないでいる。
いや、あきらめたくないという思いがこんなにも強く表現されていたのか。
人間とは小さくてバカでしょうがない生き物だと思う。
でも時々は美しくて素晴らしい。
一瞬の輝きが全てを覆すその時に、できるなら自分も立ち会いたいものだ。
『そうだ、あきらめるにはまだ早い』
宮崎監督のそんな言葉が聞こえてくるような気がした。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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